2008年08月03日

夏の夜 短夜 花火

kawakita kawakita2

夏の夜
『夏の夜の 闇も納まる 星の数』  野披

 「夏の夜」は、この年齢になると、懐かしさに繋がります。
 「ばあちゃんの部屋の蚊帳と蚊取り線香のにおい」
 「寝しなに食べるスイカ」
 「うちわ、扇風機」  お気に入りの団扇ありませんか
 「見上げれば、天の川」 あの頃は、星が綺麗に見えました

短夜(みじかよ) 
長い、短いの感覚的な季題ですが、情緒ありますよね。
 恋するものには、短い夜。
 苦悩するものには、暑く長い夜。

川北の花火を今年も、嫁と二人で見上げました。
一万八千発の北陸最大の花火大会。
花火も一瞬なら、見る側も一瞬の感動。
次から次へと打ちあがる花火に、見入ります。

途中で、思いが「糸を引いてあがっていく光跡」に集中しました。
一生懸命に上がって往くのであります。
けなげにも、、
そして、与えられた色で炸裂するのです。
「炸裂」=「死」でとらえてしまいます。

花火は死に花か?
縁起でもない!
疫病での死者の霊を鎮魂させる為の花火、レクイエム。

光跡を残し上昇し、花を咲かせて散る花火。

人生も同じかな?などと思います。

県内最大の建設業者が会社更生法を申請し、市内でも屈指の土建屋さんが事業を停止し、その社長は、今度の県体のゴルフの監督と広報に。勿論、印刷時には解かっていなかったでしょうが、、

人生って何。
情緒的なことは一杯ありますが、
人生そのものが、「情緒的」なのかも。
それは、その人が「今を受け止めれた時」のみ「人生は情緒的」なのかも。

全てが「無」であるなら
夏の夜の花火は、確かに「翌朝」には「無」であります。
しかし、見上げる時に感情があり、行動があって、何かが残ります。いいものなら、そっと取っておけばいいし、悪いもなら「無」にすればいい。

皆さんにとって、今年の花火は?

hanabi inoti
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2008年07月21日

大暑間近、さすがに暑いですね

エベレストのゴミ

大暑間近、ここ数日、流石に暑い。
「溽暑(じょくしょ)」なる季語があります。

湿度が高い、ジッとしていても汗ばむ、嫌な暑さ。
文字からして、何だか「ネチョット」としているような気がします。

何だか、さわやかな番組をと思い
「三浦雄一郎のエベレスト登頂記録番組」を見たのですが、

三浦氏の気力、体力に驚かされたのは、当然なんですが
頂上付近に転がる、酸素ボンベのゴミにも
驚きました。

それこそ「命がけで持って帰れ!」と
叫びたくなります。

さわやかな番組が、バカらしくなりました。

自分達の夢のためには、これぐらいは許されると
思っているのでしょうか?

日本人の落書き騒動も
そこまで、謝罪する日本人はエライと。

もっとすごい人は、最初から落書きなどしません。

と言うより、普通はしないでしょ。

悪事の後、改心して、褒められる。
最初から、悪事をしない人は、褒められない。

悪事が経験則になって、より人が磨かれた、、、

物はいいよう、物はとらえ方次第。

人って、面白いですね。
助かる道(言葉)もいっぱいあって。
そうでなければ、生き難い世の中になるよね

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2008年07月12日

てっせん 花の水切りの科学

てっせんかずら てっせん 花の水切り

家の庭のてっせん。
綺麗に咲いています。

「てつせんは 花火の花の たぐいかな」 李 吟

てっせんは、篭に生けると
風情がありますよね。
実に日本的。

と思ったら、中国原産でした。

さて、こう暑くなると
生花が直ぐに傷みます。

お客様が、質問と言うので
造花の事かと思ったら、
生花の水切りの事でした。

コツを伝授してくださいと。

答え
細菌の着いていない、綺麗なハサミで切る。

胡蝶蘭の根切りと同じで
火に炙ってからでもいいかな。

しかも、なるべく洗面器よりバケツで。
深いところで。

科学的な理由。
その方が、水圧が高く茎に侵入しやすくなるからです。

バケツの水面から1cmの深さだと
1g重/cu
水面から10cmだと
10g重/cuになります。

そうなんです。水深と水圧は正比例なのです。

話は、てっせんに戻ります。
庭のてっせん、この5月に父が、
庭掃除をして切ってしまいました。
根元からばっさりと。
雑草と思ったらしい。

可愛そうなので
「てっせん切ってどうするの?」と言えず
(父がかわいそうで、、)
そのままに。

しかし、さすがてっせん。
生命力は、原産国に似て強い。

で、例年の十分一ですが見事に咲いています。

ここまで書いて気がついたのですが、
「山芍薬」も無くなっているよな気がします。

ありゃ!
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2008年05月31日

さみだれ・五月雨の「さ」

ブーケ5

五月も今日まで、
そしていよいよ、「入梅」です。

五月雨(さみだれ)
「さ」は「さつき(皐月)」の「さ」と同じく「耕作」を意味しますから「稲」にも繋がります。

よって、稲を植える月の「みだれ:水垂れ」であります。


『五月雨の月はつれなきみ山より ひとりもいづる時鳥かな』藤原定家

また、
『おほかたにさみだるるとや思ふらむ 君恋ひわたる今日のながめを』 和泉式部日記のように動詞として使われたりしています。

『五月雨やあつめて早し最上川』 芭蕉
定番中の定番、しかし芭蕉には
このような作品も
『さみだれの空吹きおとせ大井川』
チョット川を詠む辺りは、似ています。
大井川の方は、想いがあるようですが、、

『水底の雲もみちのくの空のさみだれ』山頭火

『五月雨や湯に通ひ行く旅役者』 川端康成
『さみだれや青柴積める軒の下』 芥川龍之介
『眼を病んで灯をともさぬや五月雨』 夏目漱石
『のみさしの茶の冷たさ五月雨』 高村光太郎

『五月雨』は季語としても一級品。
作品も多いですね。

明日から六月。
皆様にとって良い月になりますように。

五月雨に同化して、「シト〜」と思索したいものですね。
雨にうたれる草木のように、たまには動かず、ただじっと。
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2008年05月04日

五月・ごがつ

まつさき

五月(ご月)といえば

『うすうすと 窓に日さす 五月かな』 正岡子規

聖五月(聖ごがつ)はカトリックの方がいう言葉。
マリア様の月らしい。

そもそもなぜ五月がマリア様の月なのか?
緑が活性し、花が咲く穏やかな五月がマリア様にふさわしいからなのか?

さてその五月。
メーデーという社会的な行事でスタートし、そして連休に入る。実に!実に面白いというか、変というか、、、

賃上げ!団結で盛り上がり、次は連休!というんだから実に平和であります。

九州博多では、「どんたく」でメーデーどころではないのか?
オランダ語の「ゾンターク・日曜・休日」が語源とか。

学校や役所は土曜日完全休日ですが、我々が子供の頃は
半日だけありました。
「半ドン」(半分だけ休日)

半ドンも死語ですね。聞かなくなりましたね。

さて、私の生まれ月の五月。
母と私の誕生日は、一日違い。
小さい頃から兄は、大変でした。
私が終わったら母。連休のお小遣いが必要な時に、よりによって二人も、、

誕生日の贈りもので思い出すのが
「アーム筆箱」
「象が踏んでも壊れない」という宣伝文句でした。
何故壊れないと思われるか、、
筆箱が二段になっていて、鉛筆がぎっしり詰まれば
そりゃー強いわな。
筆箱というより鉛筆の塊であります。
勿論、教室でみんなで踏んで試しました。
ビビリながら、、

母へは
緑色の小さなぬいぐるみ。なんで兄とそれを選んだかは今となっては不明。

そんな自分の昔を思い出させる
五月の風が、気持ちよく渡っています。

聖五月は、マリアの月なんでしょうが
私にすれば、母の月です。
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2008年04月27日

菜の花や月は東に日は西に 蕪村

菜の花

『菜の花や月は東に日は西に』蕪村
『菜畠に花見がほなる雀かな』芭蕉
『菜の花の遥かに黄なり筑後川』夏目漱石

季語としては横綱級であります。
以前にも書きましたが
画家としての蕪村の感性が
『菜の花や月は東に日は西に』という
ダイナミックな風景を歌います。

『菜の花は雨に汚れぬ育ちかな』芥川龍之介

昔は、麦畑の「青」と菜の花畑の「黄」とそしてレンゲ畑の「赤」が見られた地域があったそうな、、
すごくきれいな風景だと思います。
風景だけでは、飯は食えませんが
なんか、私たち日本人は忘れ物をしてきています。

手取川の堤防の間に
ばあちゃんの畑がありました。
菜の花が咲き、その向こうに堤防の桜が咲き霊峰白山が見えました。
なのに、今は水辺のステーション(?)とか云う公園になり
実につまらん風景を見せます。

どこかの地域でやってくれませんか?麦と菜の花とレンゲ。
今日、信楽焼のお祭りだそうですが
その周辺で、やってくれればと。

「赤」といえば、長野聖火リレー。
中国の新聞社は沿道が「赤色の海」になったと報道。

なぜ「五輪旗」ではないのか?と
思う暇もなし。

兎に角、無事にオリンピックを終えてください。
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2008年04月22日

父と八重桜

父・桜

父を見た。
ボケた父である。

この人は、いつまでも元気であろうと思っていた。

少し悲しかった。

「くんか?」という声も
どこか自信無さそうである。

そんな父を見ると自分のカイショ(加賀弁:生活能力)の無い事を悔やむ。もっと楽させたいのに、、、

外に出て、家の前の桜をみたら

満開。

みんな散ったのに
今、咲いている。
八重桜は、桜の中で開花が最も遅いと言う。
遅れて咲くことで、目立つはずなのに
むしろ、飽きてしまっている。

親子も、永くやれば
当たり前になってしまっている。

そう思い、八重桜を再び見上げた。
綺麗だった。八重であることを再確認した。
父をもう一度、見たくなった。

振り返れば、青空。
玄関に入り、「親父」と呼ぶ。
返事が無い。
見ると、畳の目地のゴミを拾っている。

そこまで、しなくて良いのに、、
しぐさがいっそう悲しさを、切なさを、、

春、桜、
そして、父。

『満ち足らふことは美しき八重桜』 富安風生

『騒がしき世をおし祓って遅桜』 一茶
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2008年04月13日

田鼠化してうずらとなる 花時 桜時

桜並木

 「田鼠化してうずらとなる」 (でんそかしてウズラとなる)

「田鼠化して」何になるの?
という感じですが、「ウズラ」であります。
「鯉が龍」とは、わけが違います。

モグラがウズラに化けるというのであります。
なんだこりゃ!という感じですが
「春になって、(丁度今頃)動物達が活気付いてくる様子」を、お茶目にメルヘンタッチに表現したんだと思います。

農耕民族の優しさが、出ていますよね。
それとも、ウラがあるのかな?

うずらは「如の下に鳥を書いた漢字;・ふなしうずら」がこの文章に適用されるんですが「鶉」を書く人もいます。

この「田鼠化してうずらとなる」は
二十四節「清明」の定番でもあります。

題画猫  劉基(明代)作

碧眼烏円食有魚
仰看胡蝶坐階除
春風漾漾吹花影
一任東郊鼠化

猫の絵をみて

碧眼の猫は食べる魚もあり太っている
階段に坐って胡蝶を仰ぎ見入っていると
春風が吹いてゆらゆらと花の影が揺れている
(モグラを襲うことなく)鼠が鶉に変身するにまかせている

春の穏やかさに、ネコが本能を忘れ
(腹いっぱいなだけか)
傍観する。

『とぶ鶉 鼠の昔 忘れるな』 一茶

一茶もお茶目であります。
それとも
地にもぐるモグラより、空を飛んでるほうが自由ではあるが、苦難の時を忘れるなとでもいいたいのかな。田を耕す人々の上を飛ぶ鳥、、、

今は、空気も澄んで
「花時(はなどき)」
「桜時」であります。
一年一度の桜なんですが、当たり前に咲いて当たり前に見入ります。人ってナンなんでしょうね?

そんな事を嫁に言ったら
「たま(近所のネコ)も桜見上げていたよ」
人だけが、花鳥風月を感じるわけではなさそうです。
ならば、なお更
自然を愛でる(めでる)心を育みたいですね
田鼠やウズラに劣らぬように
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2008年04月06日

暖か、増穂が浦

増穂ヶ浦

『暖かや淡路の潮が須磨に来て』 井上日石

春は「暖か」
夏は「暑し」
秋は「冷ややか」
冬は「寒し」
が季語の基本形なんですが、その根拠はどこなんでしょう。

春は「麗らか(うららか)」が一番合っていますよね
華麗の一字が「桜」の絢爛さを思い出させます。
麗らかそのもは、「やわらか・優しく・明るく」という感じですよね。そこに「のんびり」が加わって「麗らか」が完成!

『うららかや猫にものいふ妻の声』 日野草城

音楽では『春うらら』田山雅充
チョット聞いて
ここをクリックして
出てきた画面の左下「春うらら」をクリック


この歌、学生時代に聞きました。
「春」はコウなんだと知りました。

写真は、能登の「増穂が浦」
世界一長いベンチがある浜辺(今も世界一かは知りません)
桜貝の浜辺としても有名

ここで、一句
 「春うらら 寄せる波に 耳澄ます」

そして、プーチンとブッシュ会談
ここでプーチン
「私のところもミサイル防衛に参加します」と
笑って言ったら、どうなるんでしょう?

誰を「仮想敵国」としてるかわからなくなります。
相手の懐に飛び込むと、相手が見えてくる。

プーチン「私(ロシア)もミサイル防衛システムに参加します」
ブッシュ「えっ!」
プーチン「だから、NATOに加わります」
ブッシュ「無理です、、、、」
  仮想の敵はロシアです。とは言えない、、
そこから、先は実に面白い会話となるんですが。


まさか仮想敵国が「宇宙人」になったり、、、
「中国」「イラン」なのか
地球という小さな惑星で
ゴタゴタしたくないですよね。
そして、日本という小さな国家で
政党同士が「存在感・覇権」を争うのはやめて欲しいものです。
posted by 社長 at 20:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2008年03月30日

閉場のゲレンデへ

瀬女

『スキー長し改札口通る時』 藤後左右
先週月曜日から
スキー客が全くいないゴンドラに乗り
瀬女高原のゴンドラ駅終点まで。

遊びでは、ございません。仕事です。

「春光(しゅんこう)人気の無い ゲレンデに
        はよ目覚めよと 木々あたためる」

暖かな早春の光が、ゴンドラに差し込みます。
昨日まで、スキー客で溢れていたのに
一夜にして
山は自然に戻るかのようです。

人気の無いロッジは、
ゲレンデとともに、一息ついているかのようです。
瀬女2

ここ数日、一番驚いたのは
松井秀喜の結婚。
彼らしく、一般の方と結婚となりました。
「アナウンサー・タレント・モデル」らではなく
彼らしい御相手のように思います。

「絵」も下手で何が何だか、想像すらできません。
お兄さんの「絵」唯一の手がかり?

確かに、私の知る限りお兄さんは、冷静に描く人だと思います。

それにしても、富山県人ということは
紹介者がいたと推測されます。
もっと言えば、どこかのお嬢様かと。

実に田舎らしいチョイスです。

しかし、それ以来ヒットが出ていないのが気になります。
たかが、野球・松井秀喜なのですが
気になります。

それと「ガソリン」どうなるんでしょう。
これで、いいのでしょうか?

何でも安くなる事はいいことなんですが、
免税分安くなるというのは、問題です。

安くなるから、大いに使うという質のモノではありません。
代替品が存在していたわけでもありません。

「税」であったっばかりに
経済が小さくなる事
日本が守りに入るみたいで
実に、危険だと思います。

貨幣の乗数理論から言っても
日本は、縮小するように思えてなりません。

金利を下げ続けて、いざという時金利を下げれない日銀のように
税をカットし続けて、歳入の無い・ただ無駄を省いただけの虚弱型行政になってしまわないのか?
いつかは、税収が不足するのに
次に、税を上げる時の消費性向が下がる心配は?と思わないのか。

一般財源化・道路特定財源として存続
どちらにしても、今「税」を無くす事は
危険だと思うんですが。

「高負担による高福祉・高公共型」が良いのか「低負担による」社会が良いのか?

自由に使えるお金を市民が手にしたら
それは、全て消費に回るのでしょうか?
金利が低いから、消費や株にと思うのは、大間違い。

「税」と「可処分所得」どちらが経済を潤すのでしょうか。

一歩間違えば、「低負担税型は、競争社会を産み出す」と思います。
これからが「格差社会」の始まりではないでしょうか。

やっと、地方に道が着く順番なのに。
「食の危険」を知ったら、今こそ地方を田舎を大切にすべきだと思いますが。道の無いところに「人は行きません」「流通速度も上がりません」

政治に興味が無い私ですが、ここは皆さん「政治家とは、何ぞや?」と考えましょう。

posted by 社長 at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2008年03月01日

はや!三月です。元気よく!

新企画

『いきいきと 三月生まる 雲の奥』 飯田龍太

出足は、元気良く!
人は、何かをやるために生まれてきているんだと思います。
一日(ついたち)スタート。前月を吹っ切ってスタート。
プロ野球の月間MVPも月が代わった途端調子を落とす事があります。気の持ち方!で良くなったり、悪くなったり。

正月まで待てない!毎月、気を入れ替えましょう。
調子が良かった人は、さらに。

ふと思いました。
(例えば、どうたとえれば良いのか、今考えますが、、、)

愛人から電話があったのに、今日は妻の為に家に帰るとします。
普通、帰るとなんだか良いことがありそうな気がします。
しかし、妻は不機嫌で体調が悪い。

悪事をしなかった代償に神が、
ホドコシを用意すると思ったら、大間違い。

人生ですね。
それならば、家に戻らず、、、

どこかで聞いた言葉
『幸せになろうと富を求めたが
 賢明であるようにと 貧困を授かった。
 人生を楽しもうと沢山のものを求めたのに
 むしろ質素な生活を与えられた、人生を味わうために』
  (内容はあっていると思います)

神様は、逆なモノ(出来事)で人に気付かせる事があるようです。
「富」と「賢明」さあ!どっち?
「人生を楽しむ」と「人生を味わう」どちらがお好き?

何だか、絶対「富」「楽しむ」が良さそうなんですが
人として「賢明」や「味わい」も捨てがたい。

いま、何だか不幸な事で悩んでいるのなら
全く逆の真意を汲み取って、
生きるべきなのかもしれません。

真意を汲み取るとは
大袈裟ですが、
勝手に、都合のいいように
前向きに解釈したいものです。

やっと、終わる「冬」
雲の中に「春」を見つけた
龍太に、同意します。
「三月」それが三月のいつなのかは知りませんが
1日(ついたち)だと私は思います。

こんな時代だからこそ
人として、何かを見つけるのかもしれません。

ちなみに
愛人いません。
そして、まだ人として出来ていません。
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2008年01月07日

小雪、でも晴天。空は空色?

空色

小雪過ぎたのに、雪もなく
空色の空

空色とは
『夏の晴天の天気、午前十時から午後三時の間、水蒸気や埃の影響のない大気の状態でのニューヨークから50マイル以内の上空を、厚紙に1p角の穴を開け、それを眼から30cm離してかざし、穴を通してみた色』との事。

ホンマかいな!
なんちゅう定義や!
ニューヨークだけが「空色を」もっとるんかい!

空色が嫌いになりました。

水色にしよう!
さすがに
「夏の晴天の日、午前十時から午後三時の間、ハドソン川にゴミもなく、魚も見えない状況で、厚紙に1p角の穴を開け、それを眼から30cm離してかざし、穴を通してみた色」と言う事はない。
posted by 社長 at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2008年01月03日

元旦は、迷信だらけ。

元旦は、おとなしく。
そう言われて育たんで、、

しかし、わが町は自衛消防団が
「奉願」という名の寄付金を集めに来ます。
(私も、過去に集めましたが)
元旦から、出費もなんだか気持ちが良くないが
寄付と思えばそのようなものか。


「元旦は掃除をするな!」いわれは、元旦は神がやって来るから。

「大晦日は、早く寝るな!」
除夜の鐘を聞け!というのではなく
「火」を消すな!年を越させろ!という事。

四国だったかな?囲炉裏の火を代々受け継いでる家があるのは?

想像できますよね。
「火」は家の中心ですからね。「火」に人が集まる冬です。

今は、テレビ?
そのテレビさえ一部屋に一台となり、それも見向きもせずに
どこか外に出ている若い家族。
時代です。

我家の息子も、
帰って来たと思ったら、ほとんど家に居ません。
3年前は、友達が我家に来てうるさい事!この上なし!

今は、彼女となのか?

嫁いわく「あの子を女の子はほっとかないよ!?」
バカであります。親ばかです。
父親の私は、一緒に酒を飲みたいのに、
彼女・男友達を恨みます。

そうだ!」ここで迷信を作れば良い。
「父親と正月酒を飲まないと、女が困る」でどうですか。


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2008年01月02日

新春

20

新春のお慶びを申し上げます。
今年も宜しくお願い致します。

平成の御世も20年となりました。

自分が昭和人間である事は、当然なんですが、
年末の思い出の歌も随分自分の年代に近づいてきました。
「年を」感じます。

大学の恩師も今年定年になられます。
何かしてあげなくてはと、思います。

新しい年になる事で
リセットできるのは、人間だけなのではないだろうか?
そう思いたいんですが、地球に生きる動植物の多くは、正月にはリセットしていなくても、ちゃんと四季の中で季節の中でやっているようです。

箱根駅伝、早稲田の快走もありましたが、順天堂大の5走の不運は、可愛そうでした。スポーツは残酷ですよね。その姿に、チョット涙しますよね。

さあ!今年も頑張りましょう。
若い力に負けぬよう頑張りましょう。


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2007年12月31日

年の夜・除夕(じょせき)

19年ラスト

雪がチョコット降りました。
今年も残り数時間。

期待で始まり、期待で終わった一年でした。
あれっ!「実」は?という感じです。

何が仕上がったのか年を越してからのお楽しみです。

年末ジャンボどうでしたか?
買いましたか?当たりましたか?
私、大きな蛇の夢を見た日に、勇んで買いに行きました。

知人に作品の寄付を依頼しましたら、数ヵ月後その知人は、日展特選!
三味線の伴奏を、安いギャラでお願いした先生は、有名大会に準優勝!

私と関わった方は、実にいい運。
他にも2名、良運でした。

よって、今度は私自身が宝くじに当たると確信していました。
 (信じるものは、当たる!!)

結果は!  カスリもしませんでした。

当然であります、
「当たるような善行していません」
修行が足りないわ、、

よ〜く考えたら、この確率では当たりませんよね。
(でも、億万長者が200名以上誕生してるわけで、)
まー、私に神様がまじめに働けと言っているんでしょう。
夢だけ見させてもらいました。

『何事を待つとはなしに明け暮れて 今年も今日になりにけるかな』と源国信の有名な歌ののような暢気な時代ではありませんが、今日ぐらい暢気に明日を考えてみたいものです。

私にとっては、いろんな事があった平成19年でしたが
来る平成20年が、皆様にとって最良の年となるよう
お祈りします。
一年間、沢山の皆様にご愛読いただき有難うございました。





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2007年11月30日

「初霜」だよね、

初霜

今朝、6時に外に出たら、霜が降りていました。

「初霜」です。
「初雪も初氷」もうじきかな?

『初霜や 菊冷初むる 腰の綿』  芭蕉
『夜すがらの 竹凍らする けさの霜』 芭蕉
『つやつやと 柳に霜の 降る夜かな』 暁台

『南天を こぼさぬ霜の 静かさよ』 正岡子規

そして今日は、
「お詫びの日」

亀田一家と朝青龍が、お詫び。
別に同じ日にやったからって、マスコミの扱いが半分になるわけでもないのに、と思います。

亀田は昨日、今日に決めたとの事。
後だしジャンケンでもあるまい。

こんなことは、とっくに冷めていますよね。


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2007年10月27日

釣瓶落とし

秋の夕日

「秋の日は釣瓶落とし」
井戸の釣瓶が一気に水面に落ちるように、秋の夕日の沈み方は速い、という事。

近代の季語らしい。

それにしても、秋の日は淋しい・セツナイ。
「三夕の歌」が支持されるのも、当然であります。

『釣瓶落としに宍道湖暮るる波の紋』 村山故郷
連想できる風景であります。

廃業されるとある社長とお話しました。
人には「運」や「勢い」があると。

麻雀でも、はっきり感じ取れる事があるけど、人生でも感じる時があると。

この社長は、黒字廃業。今後、第二の人生を楽しまれます。

なぜか、「運」を持ち続けるのは大変なことで、「平凡」である事も難しい。「運」とは何ぞや?

「夕陽」を見て「刹那」を感じるのは、「運」がやって来てない事を意味するんでしょうか?
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2007年10月10日

金木犀の頃

tagawaryuusennkaku

「木犀の 香に開けたての 障子かな」 高浜虚子
「月の出は 金木犀の 色にかな」 永井東門居


車の窓を開けて走ると、金木犀の風が入ってきます。

家の庭の金木犀も満開で、すごいことです。
何せ、両隣と裏の家に囲まれた庭なんで、香りの逃げ場がありません。

日中、寝室の窓を開けておくと、夜「トイレで寝てるみたい〜」と騒ぐ嫁。

金木犀が咲くと、キノコの季節です。

サイエンスパーク内の山は、きのこ狩りの車が早朝からいます。

熊に気をつけてください。


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2007年09月22日

明けの明星は季語じゃないのか?金星

明けの明星

明けの明星は、季語じゃないようです。

空といえば、秋なので、、
しかし、早朝だから夏か?と思ったんですが、、

秋は
初秋・仲秋・晩秋と三分割します。
仲秋は、9月七日の「白露」と二十二・二十三日の「秋分」で分けます。

しかし、コウ暑くては、「白露」「秋分」が似合いません。
最近の暑さは、歳時記にもない。

先日、早朝4時から仕事をしました。

稲刈りの後の、米の乾燥作業でライスセンターの灯りが、まだ明けぬ空の下、またたいていました。

自分以外にも、働いている人を見ると「頑張ろう!、ご苦労さん」と思います。

「明け放れの 空に金星 覚醒す」

空海は、「明けの明星」からパワーもらい開眼したといい、お釈迦様は真理を得たという。

凡夫の私は、輝ける明星をただ見入るだけです。
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2007年09月01日

九月、葉月、新涼

aoba

九月一日
小学校の五・六年の時は、この日が大好きでした。
「学校が始まる」と思うと、嬉しくなりました。

当然みんなからは、「ダラ!休みの方がオモシがいや!」といわれましたが、、

9月1日といえば、
関東大震災。
子供のときは、学校の始まる日だったのが、社会人になったら防災の日、、、北陸では地震は関係ないと思っていましたが、能登の地震以来チョット敏感になりました。

それにしても、涼しくなりました。
新涼です。

「新」と付くからには、意味がある。
「涼:涼しい」は夏の季語
「新」は季節が変わって「秋」の涼しさを言います。

『新涼や 紫苑をしのぐ草の丈』 杉田久女
 「紫苑(しおん)」は小菊みたいな花を沢山つけるお花です。「し」の音が連発で出てくるから、この句はどこか頭の中に残りますね。

世界陸上やっています。
見ていると、気になることを発見。
それは、後日書くとして、

110Hの中国の劉翔すごかったですね。
「9コース」で勝つなんて、すごい事です。

高校時代、我が陸上部女子はハードルが得意でした。
真っ直ぐにマタイだ足を、「サット!」振り下ろすスピードと
地面から腰を離さないのがコツのようです。太ももと胸がくっつくような感じでハードルの上を通過する。 
私は、彼女たちにコツを聞きましたが、
上手く成れませんでした。

posted by 社長 at 21:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記