2010年04月04日

春が来た

一面菜の花

菜の花
実に日本的な感じがするのは、
小学校の唱歌が理由でしょうか?

そう思うと、教育と言うのは、大事です。
「子供手当」を国からもらえば
「お前(親)からもらってるんじゃねェ、国からもらってるんだ!」とほざくバカ子供が出やしないかと、心配です。
親の苦労をみて育った子供達がいた日本が懐かしい。

毎年の定番
「菜の花や 月は東に 日は西に」 蕪村
「菜の花や 淀も桂も 忘れ水」 言水

最後のツバキ

ツバキもサクラと交代です。
花達の体内時計はどうしてこうも正確なのでしょうか?

咲くよ もうじきに

サクラも品種が同じなら、日当たりの差が無ければ
同じ頃に確実に開花します。

当たり前ですが、すごい事です。

今日は、と言うより今日も妻と二人ドライブ。
花を求めて、気ままな運転。
「ねェ、若くないね」の妻の一語に
「なんで?」
「自然が愛おしいくなったから・・・」
と言う妻の顔は、まだ10歳は若く見えるのだが、、

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2010年03月02日

冬の夢

冬の夢

『冬の夢のおどろきはつる曙に
   春のうつつのまづ見ゆるかな』 藤原良経

 冬の夢から突然目覚め、曙の空に春そのもを見つけました。



早くも三月です。
兼六園は、梅が盛りとか、、
天気が良ければ、見に行きたいものです。
今日は、少し寒いですね。
三寒四温で春が来るなら、ここが我慢のしどころ。

最近読みたい本が無く
ここは「古典」に帰ろうと思い
『十訓抄』や『古今著聞集』を読んでいます。

読みにくいですね。
古典は大変です。

でも、江戸や明治の人達は普通に読んでいたのであろうから
明治の文豪たちは、
自分の著作の参考にしていたに違いありません。

と思ったら、ありました。
第六にある『不気味な絵師』
これを材料に芥川龍之介の『地獄変』は書かれたようです。
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2010年02月03日

はるかなる峰の雲間の

はるかなる 雪の先端大

久しぶりに雪です。
北陸先端科学技術大学院大学周辺も雪景色。

『はるかなる峰の雲間の梢まで 
    さびしき色の冬は来にけり』  九条良経

日差しの中の雪は綺麗ですね。
景色の奥が近代的な建築物だから
暗さが無い。
でも、さすがに雪が積もると
不便なこと、この上なし。

昨夜、家に帰ったのが22時近く。
嫁が、
「サッカー観ていたけど、つまらなかった。岡田監督だけが満足しているのが、不思議。私にしたら90分ロスタイム」
不満たっぷりであったようです。

それで、私が
「今日は、休肝日。酒飲まないゾ」というと
  「つまらない!飲め!」と
飲み屋のママじゃあるまいに。

確かに、点の入らないサッカーはつまらない。
ついでに、酒を飲まない男もつまらないということなのか?
(注:嫁は、全くお酒が飲めません)

先ほどの、九条殿は
『新古今和歌集』に79首入っている歌人であります。
摂政も務めていたから、勿論政治家でもあります。

話し変わって、
光触媒。

「窓」に塗ったら
効果絶大。全く曇らないどころか
汚れません。
試行錯誤の結果、答えを見つけました。
塗布の仕方があると。

これで二回目の冬。
清掃業者さんには、あえて塗布したことを伏せて
通常通りに清掃していただいていますが
剥離しません。
(剥離が怖かった)
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2010年01月04日

なにごとのおはしますかは知らねども

ぞうかです2

『なにごとの おはしますかは 知らねども
    かたじけなさに 涙こぼるる』  西行

伊勢神宮参拝の折に、僧侶西行が歌いました。

私も、元旦に郷社を参拝。
何だか気持が入ります。

西行は仏法修行中なのに
伊勢に立ち寄り、この歌であります。

この歌が、名歌として評価されるのも
日本人の多くが、これを「心」でとらえることが
出来るからであります。

神か仏かではなく、それを超えたものを
区別しない心があるからだと思います。


真夜中の神社の50段以上の石段は
雪の白さで輝いていました。

『かたじけなさ』という言葉のように
誰かに対して「受け身」の己があってこそ
お正月に、年の初めに
再生した自分・心が持てるようですね。
posted by 社長 at 18:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2009年12月21日

雪の夕暮れは定家の名歌なのですが、本歌取りでありながらそして制詞に昇格。

お蔭様で、加賀・金沢は雪の中。今は夕暮れ。
(何がお蔭様かは知らないが、、、)

思い出す歌は、これ。
本日の歳時記は
この歌であります
名歌であります。


『駒とめて 袖うちはらふ 陰もなし
    佐野の渡りの 雪の夕暮れ』  藤原定家

(雪が降ってて、馬を止めて袖で払いたいのだが 身を隠す所も無い。ここは佐野の渡し場、雪の中での夕暮れじゃ!寒〜い!)


でも、「本歌取り」。パクリ。音楽でいえば編曲。。ちょっと違うか?

『苦しくも 降りくる雨か 三輪の先
    佐野の渡りに 家もあらなくに』(万葉集)

(気分が滅入るくらい振りやがる雨、三輪の崎の佐野の渡し場は、家も無いというのに降るんかい!バカヤロー!)

バカヤロー!は無いかもしれませんが、、

場所は、佐野の渡り
降るものは、雪か雨
避難場所は無いという展開

しかし、定家の「雪の夕暮れ」はなんと、、ナント
『制詞(せいし)』に、
野球で言ったら、永久欠番。
他人が再び使っちゃいけないのだ。

この『制詞(せいし)』の制度が、
よい事なのかどうかはさておき、
次は、あの色男、在原業平の「制詞」作品を。

(寒いから明日以降にしよう、、)

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2009年06月06日

麦の穂の ひかりをさばき ゆく風の

麦畑野焼

『麦の穂の ひかりを捌(さば)き ゆく風の
    速き歩みを 見ていたりけり』 横山未来子


風が麦の穂を光らせながら、麦畑をかけてゆく。

これは、名句ですね。

「捌き行く風」の情景が浮かびます。
そうですよね、乱れた感じがしません。
風は、さばくように走り去ります。

地上を吹く風は、どこへ行くのでしょうかね?

先日、麦畑の野焼きを目にしました。
夜の野焼き、、
なんだか原始的な風景のように感じて
写真を撮りました。

麦を揺らした「風」
収穫後の野焼きの「炎」

麦畑が見せてくれた情景です。


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2009年04月19日

林檎の花が咲くところまで

昨日
林檎の咲くところまで
嫁さんとドライブをかねて
お仕事

立山連峰も
上越の妙高も
晴天でクッキリ見えました。
四月北陸道  四月妙高

途中の難所親不知も
桜が咲いていました。
いにしえの人たちも、難所を越える際に
桜で心を癒した事でしょう。

桜親不知

目的は
林檎の花です。
赤い蕾が見たい!

その向こうには、常念岳に繋がる山々

林檎の花
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2009年04月12日

みわたせば、、秋もいいけど春も

『見渡せば山もと霞む水瀬川
       夕は秋と何思ひけむ』  後鳥羽院

「夕暮れは、秋」というイメージを
新古今の時代の人たちも、思っていたのでしょう。

この和歌で「春の夕暮れも捨てたもんじゃない」と。

新古今に「三夕の歌」(私のブログ参照してね)もありますが
これも、新古今。
そりゃそうだわ、後鳥羽院は選者だから。

それよりか「枕草子:秋は夕暮れ」が
完全に固定化されていたんでしょう。

春の夕暮れ
夕桜。

『夕桜 夕日さし抜け さし抜けて』 伊藤柏翠

そして、夜になり、月が出て
花明り

「山すその ここにありやと 花明り」 自作
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2009年03月11日

春の夜の 闇はあやなし梅の花 

春の夜の闇.JPG

『春の夜の 闇はあやなし梅の花 
         色こそ見えね香やは隠るる』


『月夜には それとも見えず梅の花 
        香をたづねてぞ 知るべかりける』


二作とも凡河内躬恒(おほしこうちのみつね)

「春の夜の闇は、梅の花を隠しているつもりだろうが、香りは隠せないというのに、闇は何をしてるんだろうか、私には分からない」という感じの歌。

文法的には「こそ〜やは」のセットとして出題されますよね。

次のは
「闇」ではなく「月夜」が梅を隠す。
月光に消えるのは、紅梅ではありませんよね。彼が見たのは、白梅か白黄色の梅。
謎解きのように、その光景を想像させます。


この凡河内躬恒の作品で、私が秀逸と思うのは

『我が恋は ゆくへも知らず はてもなし
              あふをかぎりと 思ふばかりぞ』

「私のこの恋は、どこへ向かうかもわからず、その果てもわからない、だから逢うことが全て、逢うことだけが心の行き場と信じるしかないか、、な」という感じ。

いよいよ北陸にも梅であります。
日中は「春だ」といった気分でも
春の闇は、どこかまだ冬の寂しさを継いでます。

春本番まで、もう少しです。

梅といえば、正月飾りなのですが
やはり梅木からの、香りは最高で今からの時期がいいでね。

松竹梅は、常緑の松・草でも木でもない竹・花木の代表梅の
取り合わせは、周知のとおり。

ここに、ひとつのお話があります。

『左近の桜、右近の橘』

宮殿(宮中)の紫宸殿の前の樹木ですが
この「右近」は「梅」だったというお話です。
確かに「こん=くら・こん=め」の方がスジが通りそうですね。

『桜切るバカ、梅切らぬバカ』

桜は太枝を切るとそこから雑菌が入りやすく、枯れることがあります。
梅は、小枝に咲くので、切って小枝を多くさせると綺麗になります。
昔の人は上手くいいますよね。
(造園施行管理者の試験には出ませんでした)

桜までの間、梅を楽しみましょう。
posted by 社長 at 18:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2009年03月01日

北窓を開く

北窓を開
いい言葉ですね、

昨日と今日は、日中快晴でした。
春の空気を一杯吸い込みました。
そうしら、花粉症である事を自覚する羽目に。
眼がかゆい。口の中がかゆい。

白山の照る北窓を開きけり 小西須磨

冬の間、家にこもった空気を解き放つように
窓を開けたら、霊峰白山が照っていた。
家も、白山も以前からあるわけで、
でも、冬を越した喜びと期待があります。

この不況、
通り過ぎたら、革命的な事があるのでしょうか。
むしろ、いつもの情景が、連続しているだけで
バタバタした事が、ただのお粗末さに見えるだけかもしれません。
早く、窓を開けさせて下さい。

三月です。
早いものですね。

卒業、進学、就職。退社。
触媒胡蝶蘭が売れています。
カードを添える方も多いんです。
何だかいっぱいドラマを感じながら、ご注文を承っています。
「プレゼント」と言う言葉はいいですね。

言葉と言えば
「おくりびと」から
「○○びと」と言う言葉が、時々出てきてます。
今年続々と出てくるんでしょうね。
食事を作らず、コンビニで買うだけの方を
「たべびと」とか「こんびと」とか
かっての「○○人」の「じん」を「びと」に変えただけのような言葉遊び。

「おくりびと」では
「死」って何ですか?家族って何ですか?
も感じられるようですね。
未だ観ていないので、なんともいえませんが
私は、『死ぬまで死なない』と言う程度しか
思っていないバカモンです。
「表から裏へ(どっちが表裏かもわかりませんが)ひっくり返る」事位にしか思っていません。

修行が足らないなぁ〜
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2008年12月22日

一陽来復 そしてラジオ

ラジオ局スタジオ

『一陽来復』この日を境にして、日が長くなっていきます。

ありゃ、早くも冬至か、、
日がだんだん長くなるのですが、なのにこれからが冬本番。このずれは、地球の身勝手?

クリスマスが現代ではハバヲ利かせてますが
本来なら、「ケーキではなくかぼちゃ」ということに。
かぼちゃをみんなで食べるぞー
というノリは、ないか?

『よそながら 冬至と聞くや 草の庵(いほ)』 召波

当地では、冬至南瓜(かぼちゃ)なのですが
地域によっては、蒟蒻(こんにゃく)や餅を
食すとか。

本日も、ラジオ局へ。
何せ、沢山の応募があり、こちらもビックリしました。
この倍率は、ハンパではございません。

で、対応の為と納入のために北陸放送に行きました。

行く途中、交差点ごとにパトカーがいましたが
何かあったの?

ラジオのスタジオには
懐かしいアナウンサーが
八田さん、偉くなった笹原さん
顔を見ただけで、ナンだか嬉しくなるのは
私だけか、、

北陸放送はTBS系列で
県内最初の民放であります。
本社は、金沢市本多町。

社内に庭園(松風閣庭園:詳しくはここ)があるのですが
加賀藩家老、本多様のお屋敷跡です。
家老といっても、五万石ですから大名並みの禄高です。
1630年代から私のご先祖が金沢の手前で「旅籠」をやっていたのとは大違いであります。
今度、庭園の写真でも
撮って来ます。

さて、帰って南瓜でも食べますか。
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2008年12月18日

年の暮

ランとバラの

『数ふれば 年の残りも なかりけり
       老いぬるばかり かなしきはなし』 和泉式部


『隔てゆく 世々のおもかげ かきくらし
       雪とふりぬる 年の暮かな』  俊成女

『下駄買うて 箪笥の上や 年の暮』  永井荷風

不景気だろうが、
ナンだろうが、もう「年の暮」になりました。
もう後何日?

FRBが金利を下げたから
これで、世界各国が本当にヨーイドンで
出直しになりました。

予想通り「88円」を経験しちゃいましたね。
ここまでの展開を思えば
意外と早く、立ち直るのではないかと思います。

トヨタよりコマツが早いと思います。
いよいよ正念場ですが、
米国のゼロ金利が、全ての「膿(うみ)」を出してくれます。
正確には、表面化しますよね。

経済学的には
古典派→新古典派→合理的期待学派
の流れの中で
「人々は総ての利用可能な情報を利用することによって、正確な予測が出来る」それは『政府は何もしないのが最良である』に行き着いたわけだが、
ここに来て、これは完全なる崩壊。

そういえば
「デマンド オン サプライ」
倒産→失業→再出発は何回でも繰り返されるが、不景気は続かない、、というもの。
しかし、これには「失業」については、論じられていない。

将に、いま、
経済学が面白い。

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2008年12月13日

炭の句

『立のぼる煙ぞみゆる炭がまの
     尾の上の外に となりありとは』 寂蓮


昔は、炭焼き小屋がそこかしこにあったらしい。
山歩きしていても、窯の後を見かけたりします。
それが、「窯跡」と人に教えられたので解るんであって、この年齢ではわかんない。

『朝晴れに ぱちぱち炭の きげんかな』 一茶
  「ぱちぱち」と音がするようでは、今日的には安物炭なのでしょうが、、。
でも、「ぱちぱち」という「音」をうたう一茶は、面白い。
ちなみに、高級品「菊炭」は江戸時代でも流通していたようです。

『蓄(たくわ)えは 軒下にある 炭二俵』 高浜虚子
   軒下がいいですね。
   納屋だと、裕福そうです。
   
 そして、青春時代の句
『学問のさびしさに堪へ炭をつぐ』 山口誓子
  火鉢を傍に置き勉強したんでしょうね。
  ちなみに、山口さんは東京大学(帝大)生。

現代では
 バーベキューか、茶道で使うぐらいですかね。
 ちなみに、木を「炭」にして、燃やして「二酸化炭素」を出しても
 地球温暖化問題の対象とはなりません。

「カーボンニュートラル」です。
  
でも、山林を守る為には、炭焼窯は必要です。
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2008年12月07日

薪 花 雪

山里で「薪」を見ました。
確かに、これが日本人の原風景なのだろうと、思いました。
薪で風呂を沸かす。

何だかいいですよね。
けれど、毎日この作業では、大変です。

薪の燃える臭いが妙に懐かしいです。
あのタイルの色も。

昨日の寒波は
強風ですごかったですね。
「冬」を初めて感じました。

家のコタツがとっても温かく
ついつい寝入ってしまいます。
嫁は?と思ったら反対側で
寝ていました。

ここで寝れば、朝までコタツになるので
気合を入れて、二階までいきました。

『炬燵の間 母中心に 父もあり』  星野立子
『うたたねの 夢美しきや おきごたつ』  久保より江

柔らかな暖かさに、包まれると子供の頃のような寝顔になります。
妻の寝顔に、やすらぎを感じました。
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2008年11月23日

冬ざれ

初冬の川

「冬され」と濁らなければ
冬になる事なのだが
「冬ざれ」は
『曝れ』であります。
「曝書(本を陽にさらして虫食いを防止する)のため休刊します」
と言うあの「さらす」であります。

よって濁点をつけることで、より冬になります。

『冬ざれや 樹々数ふべき 筑波山』 蕪村
『冬ざれ』は実に寂びの利いた季語なのです。

写真は、大日川です。
大日も宗教色の強い名称です。
そこで見る、寂びた世界は
何かを
気付かせ、はたまた、同情してくれます。
自然の風景は
人を感動させますが
時には
人に同情してくれます。

栄える時の夕陽と
衰退する時の夕陽が
別物のように思えるときがあります。

見るもモノが
どんな気持ちなのかで
風景は変わるようです。
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2008年11月08日

柿 林檎 蜜柑

みかん

『柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺』 正岡子規

柿と言えばこの句。
晩秋の古都であります。農村です。奈良です。京都市内ではこうはいきません。
法隆寺でなくてはいけません。
(子規は東大寺でこの句を考えたらしいが)

『よろよろと 棹がのぼりて 柿はさむ』 正岡子規

子供の頃、ツトムちゃんと柿を取りました。
竹竿の先端に木をっはさみ
とりました。
ツトムちゃんは、一年上の近所の子
小学校から高校まで一緒でした。
彼は数学が得意でした。
東京理科大や金沢大学に合格していました。
どうしているんだろう?

林檎
『母がわる かすかながらも 林檎の音』飯田龍太

何年か前、「林檎の木の里親」になりましたが
結局、買った方が安くおいしい事を
再確認しました。

畑作業なら、毎日手入れをし、育てている気にもなりますが
半年に三、四回の世話で、
「自分の林檎」という意識は生じません。

蜜柑
『上々の 蜜柑一山 五文かな』 一茶
なんと言う句なのでしょう。それも一茶ですよ。
どう評価すべきか、、?

身近に生っている蜜柑はまずい。
北陸では、無理がある。やはり温暖な地でないと。
なのに、蜜柑の木をもつ家があります。
なぜ?

柚子なら解かりますが。
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2008年10月13日

竹久夢二 湯涌温泉

竹久夢二 夢二浪漫袋

竹久夢二
『待てど暮らせど こぬ人を
   宵待草の やるせなさ
 こよいは 月も 出ぬさうな』

ばあちゃんが歌っていた歌詞、
大正から昭和の初めの愛唱歌。

竹久夢二の逃避行地が「金沢・湯涌温泉」であります。

『湯涌なる 山のふところの小春日に
    眼閉じて死なむと きみのいうなり』

そして今日、
「湯涌の誘惑」と題して、
『夢二浪漫・浅野川水害復興支援キャンペーン』がありました。

写真は、「夢二浪漫袋・五百円」収益は復興支援金に当てられるらしい。

そして、
『吾がためにつくるココアの匂ひより
   里居の朝の 秋立ちにけり』
          と言う歌より

竹久夢二 夢二スイーツ

ケーキなのであります。
題して『夢二スイーツ・二人の想い出』
スポンジにはココア
チョコクリームには柚子の皮。

それにしても、私ら夫婦はケーキをよく食べます。

夢二には、たまき・彦乃・お葉・山田順子の女性達が入れ替わる如く現れます。
ナント申しましょうか、、、うらやましい、、気の毒、、。
(写真の彦乃は確かに、いい女性のよう)
大正浪漫を身で実践してるのかのごとく、
「浪漫」と言う言葉がこれだけ合う人も珍しい。
ジュリー(沢田研二)が演じたのもうなづけます。

湯涌は、ひなびた温泉地ではありますが、
同じ山を夢二も見たのかと思うと
またイイモノであります。

ケーキを食べながら、嫁に
「あなたは、夢二のモデルになれません、それはなぜか?」
   「なんで?(なぜ)ケーキ食べ過ぎるから?」
 (うなづきそうになったが、、)
「夢二は手足の大きい女性の絵を好んで書いていたから」
   「小さいとダメ?、なんだそれ!」
    
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2008年09月19日

台風を迎え撃つ

造花919


『台風を迎え撃つ茶をいれにけり』岡部六弥太

今、このような心境の方が、多いのでは。
台風13号。

一つ位は来ないと、、、
イヤ、来ない方がいいに決まってます。

そして、この心境。
「来るんなら、きやがれ!」

熱い茶を飲み、臨戦態勢!
しかし、特にすることが無いのです。

そういえば、
大学時代、下宿に雨戸があって驚きました。

金沢、北陸は雨戸は、そんなに多くありません。

雪が降る当地も、たいへんですが
台風の多い地域もたいへんです。

「みやこ」はどこにあるのでしょうか?
住めば都といいますが、、、

さあ、雨台風に挑みましょう!
えっ!北陸は、関係ない、、、
そういえば、雨も降ってません。
気象庁が、昨日から雨と、
けれど、降りませんね。

でも、ご用心ご用心。
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2008年09月13日

秋色 秋の初風なのです。

秋色



『秋来ぬと 思ひもあへず 朝げより
      始めてすずし 秋の初風』

      花園院 新拾遺集

朝夕めっきり涼しくなりました。

「秋」はいいですね。
今頃から10月半ばまでは、過ごしやすく大好きです。

上の和歌。
「秋の初風」というヒビキが、綺麗です。
待ちに待った、秋の涼風といったところです。

日本刀の銘や茶碗、サラブレッドの名前にいかがでしょうか。


『わが背子が衣の裾を吹き返し うらめづらしき秋の初風』

この読み人知らずの名作は、テストによく出ましたよね。
「背子:せこ」なら夫か恋人の意味
訳すと
「(惚れてる)あの人の衣の裾をひるがえしてゆく、思いがけない秋の初風」
「うら」の意味がポイントでしたね。(「恋の進展が、、」)

『夏衣 まだひとへなる うたた寝に
       心して吹け 秋の初風』

 これは、そのままの意味。テストに出ませんでした。

もう一つ「うたたね」で
「うたたねの 朝けの袖に かはるなり 
        ならす扇の 秋の初風」
                   式子内親王  新古今
   扇の風から、秋風に変わった四季の移ろいの中の生活風景


「秋来ぬと」では

『秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
       風の音にぞ 驚かれぬる』
         藤原敏行 古今和歌集

という定番中の定番あり。

そして、『秋の初風』の名歌は、この人のこれ

『おしなべて 物を思はぬ人にさえ
          心をつくる 秋の初風』 
                      西行法師





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2008年08月31日

夕焼け、振り返れば虹

夕焼けと 夕焼け虹
昨日、
月は東に、日は西に(菜の花や、、、、蕪村)
ではなく、
西に夕焼け、東に虹。

絶景でした。

『虹立つも 消ゆるも 音立てずして』山口波津女
そうなんですよね。
虹には音が無い。

普通は「音のあるごとく」にしてしまうと
加藤楸邨が書いてます。

音が無いから、最初は夕焼けに見とれていました。
でも、横を見たら虹が、、

今朝の朝刊にも
この風景が、書かれていました。

8月も今日で終わりです。
異常な豪雨が、各地を襲いますが
『台風』は、どうなっているのでしょうか?
発生しませんね。

これも、巨大化して襲来したら
どうなるのでしょうか?

気象庁は、温暖化と台風の大型化については、特に云っていないようですが?むしろ、温暖化は台風を減らすという意見もあるようで。
でも、ハリケーンは巨大化しているように、思えるんですが、、
誰か教えてくださいな。

虹が出て「虹だ」と思えるのは、平和であります。
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