2014年05月10日

花王、ぼたんが綺麗です。

ぼたん満開.JPG

やはり牡丹は、花王です。
大輪を先端に咲かす、その姿は華麗で、豊かで、、

雨や日照りで、花が痛むともったいないから
「傘」を立てたのでしょう。

「愛しさに 牡丹にかざす 白き傘」

牡丹園は、どこも見頃でしょうね。
この陽気の中で花を愛でると
心が晴れます。

途中、ソフトクリームを食べて
満足している妻が横にいました。
posted by 社長 at 17:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 歳時記

2014年04月17日

サクラ

今年のサクラ.JPG

『世の中に 絶えて桜の なかりせば
   
    春の心は のどけからまし』(業平)


桜のない、春は考えられないし
そんなこと考えてみたこともないのが、普通。

この歌を学校で習うまでは。

サクラが日本人にとって
ナニモノであるかは、実に深過ぎます。

妻いわく
「花札でも、サクラのまん幕は点数が高い!」
平和な人です。

今年もサクラの画像。
小雨が上がったときに一枚。
いやはや、アップもいいものだと思いました。

「暖を待つ 吾にも似たり 濡れサクラ」
posted by 社長 at 23:15| Comment(1) | TrackBack(0) | 歳時記

2013年12月10日

もう誰も採りません

川に柿.JPG

「山里の 残された柿 何を見る」
誰も採りません。
山里に、柿がいっぱい生っています。
採る人、食べる人はどこへいったのでしょうか。

フルーツも多様化しスーパーへいけばいろいろあります。
「柿」ばかり食べていた懐かしい「秋」はもうありません。

「柿食えば」の俳句を理解できる人でさえも
今は遠い記憶の日本の風景のようです。

子供の頃、柿を良く食べました。
竹ざおの先に、十字に竹を挟み
さおを伸ばして、柿をはさんで採ったものです。
「ちょっと早かったね。今度また採るか」
「あっちの柿の木に行くか」
子供なりに、試行錯誤。

山里の残された「柿」をみてそんなことを思いました。
通り過ぎてく車が、不思議そうに徐行します。
何を撮影しているのかと。

たかが「柿」です。
されど、懐かしい情景を呼び覚ます「柿」です。
posted by 社長 at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2013年10月18日

昨日の十三夜に思う

十三夜に思う.JPG

陰暦の九月13日の月。
十三夜。
陰暦の八月15日の月
いわゆる中秋の名月。

中秋の名月を見る人は、十三夜も見ないといけないそうです。

昨日の十三夜の月を仕事中に眺めました。
写真を撮るときも、あえて隅っこに月を置きました。
この間に、何かを感じたいと勝手に思いました。
何が、あったら絵になるか。
紅葉か竹林か、はたまた煙突か。

中国では、「十三夜の月」は無いそうです。
この、欠けたる月を愛でるのは、日本人だけのようです。
「二夜の月」「名残の月」「後の月」とも呼び
愛でる心に、日本人の姿が見えます。
何でもかんでも、「中国から」と云われりゃ
面白くも無いので、十三夜大好きです。

「泊まる気で ひとり来ませり 十三夜」蕪村

そして、月をゆっくり見たら
十五夜にない表情の月があります。
十三夜はすごい.JPG

月の欠けてる境界線の妙がすごいのです。
クレーターが浮かびあがります。

ひょっとしたら
先人は、私どもより視力がよく
この「妙」を楽しんだのかも知れません。

欠けたるモノに、想いを。
コスモスも折れたるものは
折れても花をつけます。
不完全の中に「心」を探ります。
欠けたる月に、想いを持つのもいいもです。

「足らざるを わが身に質す 十三夜」
posted by 社長 at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2013年05月14日

藤の花、藤棚、藤浪

藤の花.JPG

『藤の花は、しなひ長く、色濃く咲きたる、いとめでたし』

枕草子で清少納言が書くように
藤の垂れひらくさまは、
この山に藤が在ったかとその存在を際立てさせ、
庭にあっても、風と同化して揺らぎ
心穏やかにしてくれます。

『吹き出して 藤ふらふらと 春の外』(千代女)

藤が風で揺れるさまを「藤浪」と言うそうです。
近所の公園の藤棚を撮りました。
多くの方が観賞されていました。保育園児の声も聞こえます。

「小さき手 はねて届かぬ 藤のはな」

つつじも藤も春の終わりを告げます。
いよいよ初夏かな。
posted by 社長 at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2012年08月16日

蒲の穂を見るとお盆かなと

蒲.JPG.JPG

『蒲の穂は きるべくなりぬ 盆の前』 水原秋櫻子

蓮と蒲を見ると、お盆を連想します。

そのお盆も過ぎて、ひと時の休息も過ぎてしまえば
暑い残暑に、耐えるだけ。

夜のエアコンは動かさぬと決めた今年ではありますが
やはり暑さに負けそうで
今晩あたり、「on」にしてしまいそうです。

韓国大統領の逸脱した行為・発言が
不快な夜をいっそう不快にさせます。

十月に通貨スワップの増額分の期限が来ますが
延長するのか、どうなのか?

通貨スワップが「円売り」につながり
微力ながら「円高」を押さえ込んでいるようなのと
もし、「通貨スワップ」を解除すれば
韓国経済が傾く可能性もありますが
韓国ウォン安で、韓国輸出企業が日本企業より優位なレートを
持つことにもなりかねません。
さすれば、東証の株価も大幅下落します。

崩壊も困りますし
適度なウォン安も困ります。

一方で
日本との通貨スワップだけではなく
当然、中国や米国との通貨スワップもあるわけで
中国がすぐに受けることもあるから
実に厄介なお話です。

やはり、韓国経済とは
親密になりすぎたようです。
アジア全体にグローバルな展開を今からでも
する必要があるようです。
韓国との関係は、再構築する必要があるようですね。

そんなことを思ったお盆でした。
posted by 社長 at 15:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2012年04月22日

かたくりの花とかたかご

かたくりの花.JPG

『もののふの八十(やそ)をとめ等(ら)が汲みまがふ
       寺井の上のかたかごの花』  大伴家持

野蛮な現代語訳
「大勢の娘達が、入り乱れてお寺の井戸で水汲みをしている
 そこに咲いてるかたかごの花、私は遠い都を思い出したよ」

信州に行ってきました。
「かたかご」が咲いていました。
  クリの葉の一片に似ているから「かたくり」
  花が傾いている籠に見えるから「かたかご」
  
どうなんでしょうか?
名前の由来はともかく、
「かたくりの花」「かたかごの花」の両方で呼ばれるこの花は
周囲の草花が伸びる前に、急いで花を咲かせ、実をつけ
子孫を残します。

 近所にスナック「かたかご」がありました。
 寺井という地名の近くでした。
 名付けたオーナーの学識に感動した時もありました。
  
家持の時代には、生活の傍にあった花は
今では、里山に残るくらいでしょうか。

アズマイチゲ.JPG

アズマイチゲも可憐に咲いていました。
posted by 社長 at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2012年01月26日

無垢の世界

つかの間の晴れ.JPG

雪晴・深雪晴・雪後の天。
昨夜一晩のうちに30cmの積雪。

昨日昼までは、日本海側や関東でも積雪だというのに
金沢周辺の平地は、雪がないような感じ。

ここにきて、一気に積雪。
除雪で体が温まり、いい運動です。

信州の一部で雪は、江戸時代以前では
農民の体休めであり、霊威が木々に畑に人体にやどる時期と
信じていたようです。
冬ごもりは、「春の息吹」をより高めるようです。

とはいっても
北国の地方公共団体の除雪費は、
除雪を請ける土木業者の収入にはなりますが
それが、公共事業のごとく乗数効果で消費を高めることなく
除雪費という出費でしかないことは確かです。
土木業者も、余裕があるわけでもなく資金繰りに
まわされるお金で終わってしまいます。

私が育った町では、町役場の男性が除雪車の運転免許を習得し
町内を回っていました。彼らは、夜明け前から除雪に励んでいました。
時代が変わり
税収が減少する中、山間部はどうなってゆくのでしょうか。
来期スキー場閉鎖のニュースも、驚きもなく聞いています。
posted by 社長 at 15:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2011年10月28日

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺

柿喰えば.JPG

『柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺』
修学旅行で奈良へ行けば、法隆寺ということになり
法隆寺といえば、この句であり、この句碑も在るそうです。
さすが、正岡子規ということであります。


句集『寒山落木』の前書きに
「法隆寺の茶店に憩ひて」とありますが
前日、奈良に泊まった宿で柿を食い東大寺の鐘を聞いたとき
閃いたという説(松井利彦氏考証)があります。


もうひとつ、正岡子規
『よろよろと棹(さお)がのぼりて柿はさむ』
   確かに、子供の頃竹ざおの先端を少し割って
   竹を挟んで伸ばしてとりました。

『里古りて柿の木持たぬ家もなし』  芭蕉
   今も、山沿いの集落では柿の木のない家は
   ないくらいです。

『渋かろか知らねど柿の初ちぎり 』 千代女
   確かに、ちょっと早い(渋い)のではないかと疑心暗鬼で
   1個目をもぎ取りますよね。

「柿」という季語は、実に生活色の濃い季語ですね。

母・姉妹を思い出す句も在ります。

『柿むく手母のごとくに柿をむく』
『髪よせて柿むき競ふ燈火かな』

写真は、母からもらった「柿」。
 この歳になっても、母からもらう柿は格別です。

そして
「秋明菊」の造花
 秋に菊に似た花を咲かせるからこの名に。
 「ハルサキ秋明菊」なるものもあります。
posted by 社長 at 16:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2011年10月22日

わが身ひとつのもとの月影

秋色3.JPG

月がキレイな時期です。
見上げる月は、子供の頃と同じ、兎の餅つき。


ここで詠みたいのは

『秋をへて昔はとほき大空に わが身ひとつのもとの月影』  藤原定家
 
  この夜の大空に月を仰いで、いくつも過ぎた秋(昔)を思った。
  なんのことはない、月影に照らされる自分だけは、昔と何も変
  わってはいない。

「大空」と「月影」と「わが身」


『月やあらぬ春や昔の春ならぬ わが身ひとつはもとの身にして』
  在原業平

 定家はこの名歌の本歌取りをしました。
 業平が恋人・高子のもとに忍んで通った月夜と、高子が居ない
 月夜では、こうも違うのかという 「恋」を 定家は「秋」に変えて
 詠みました。

そのような秋の夜空に
またしても、人工衛星落下の注意情報。
ドイツお前もか!と。

そこには「秋」も「恋」もあったものではありません。
posted by 社長 at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2011年10月21日

三夕の歌 2

先端大街路樹.JPG

「三夕の歌」をより深くという、ご要望にお答えいたしまして
寂蓮は苦手なので、ちょいと横に置いて書きます。

三夕の歌は、「新古今和歌集」巻四・秋歌上に並びいれられた三首。


『さびしさはその色としもなかりけり 真木(まき)立つ山の秋の夕暮れ』
          寂蓮

  乱暴な現代文訳
     寂しさといとう情景や風情は、どうこがどうのこうのと言うことでもなく
     常緑樹が夕暮れに立つ情景でも寂しさを感じてしまう。色じゃない空気感だよ
     


『心なき身にもあはれはしられけり 鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ』
          西行
     
  乱暴な現代文訳
     出家して惑う心なく過ごしたいと願うこんな私に、鴨が飛び去ってゆく水辺
     去ってしまった後の水辺の静寂は、秋を感じさせてくれた。そうだよ、今の
     私にでも、秋は感じられてしまう。



『見わたせば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ』
          定家

  乱暴な現代文訳
     見わたせば花も紅葉もない海辺の秋に、幽玄を感じました。


ここで、興味深いのは西行と定家。

西行の交際範囲は、意外と狭かったようである。
しかし、定家の父・藤原俊成とは親交があった。
西行は、定家や藤原家隆・寂蓮・藤原隆信・慈円など若手歌人に伊勢神宮奉納百首を詠むことを勧めた。今日、「二見浦百首」「伊勢百首」とか言われる完成度の高い作品集です。

この定家の『見わたせば・・・』はこのときの詠です。(1186年)

源氏物語・明石の巻中の「なかなか春秋の花紅葉のさかりなるよりは、ただそこはかとなう繁れる蔭どもなまめかしきに・・」という夏の明石の海岸の描写を、うらさびしい秋の夕暮れに変えたものといわれています。

中世では「詫び茶」の精神をあらわす歌としても享受されています。

では、西行は。
「山家集」の歌であり「秋 ものへまかまりける道にて」とあります。
何かの用事で道を歩いていた時のものです。

当時、「歌合(うたあわせ)」が流行していました。
他人と自分の作品を比較し、優劣を争うものです。しかし、西行は仏門の身だからなのか、その様式自体に嫌悪していたのか、参加していません。
「自歌合」というこれまで詠んできた自分の作品だけを左右に番えて、行いました。

この西行の「心なき・・」は、「御裳濯河歌合(みもすそがわうたあわせ)」において
加判(優劣を決める)を俊成によって評価される。

その「十八番」

『大かたの露にはなにのなるならん 袂(たもと)に置くは涙なりけり』

『心なき身にもあはれは知られけり 鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ』

左勝

そうです。なんと「三夕の名歌」が負けたのです。
その判定理由は
「後半の七七が幽玄ですがたもよいのに比し、前半が理に落ち、作者の我意の肌理(きめ)が荒く目立つ」のこと。
確かに「心なき見にもあはれは知られけり」という前半は、ある種今までの和歌とは違います。
今まで、というのは時代的なことです。
西行は、当時の歌人たちとは、感性が違っていたかのようです。
「心」の中を大事にする西行です。
定家達の新時代への移行ための、大きな礎が西行であったかもしれません。

後に次の「自歌合」である「宮河歌合」の加判を44歳年下の定家に託したのは、
西行の定家への期待であります。

そうそう、寂蓮は俊成の養子に入っています。

西行は1190年に、寂連は1202年 定家は1241年になくなりました。

参考図書:高橋英夫著「西行」・久保田淳著「藤原定家」・藤平春男著「新古今歌風の形成」ほか3冊


写真は、北陸先端科学技術大学院大学の街路樹です。
会社まであと500m位。
posted by 社長 at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2011年09月13日

秋の七草と季語

秋兼六園.jpg

『秋の野に 咲きたる花を 指折り
         かき数ふれば 七草の花』

『萩の花尾花葛花なでしこの花女郎花また藤袴朝がほの花』

山上憶良です。

万葉集の巻八、15737と1538です。

ただ単に花の名前を並べただけなのですが
「季語」への鮮やかな表れであるとのこと。

季語の誕生を見るかのような評価です。

「秋」です。
暑いですが、夜は確実に秋を感じさせてくれます。

家の周囲では、庭らしい庭は家の庭ぐらい。
周囲の家に、虫の音を届けてくれています。

仏間で聞く虫の音は、風情があって好きです。

写真は、兼六園の秋。
名園の秋は、格段に違うのでしょうね。
posted by 社長 at 20:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 歳時記

2011年07月25日

むくげと芙蓉

真夏の散歩.JPG.JPG

久しぶりに、妻と散歩
いつもの6.4キロコース。
さすがに人が少ない。
約1時間40分かけてゆっくり歩きました。

途中、ムクゲが咲いていました。
朝顔同様、朝開き、夕方にはしぼんでしまう。
むくげ.JPG

「槿花一日ノ栄」


「道のべの木槿は馬に喰われけり」  芭蕉



しかし、この木どうして平安時代に朝顔と混同されて
詠まれてしまったのだろうか?
木と草類では、全然違うと思うのだが。

まだ、同じアオイ類の「芙蓉」の方が似ている。
なのに、芙蓉は
美女に例えられる。
それも、控えめな清々しい女に。

「物陰に 芙蓉は花を しまひたる」  正岡子規

かたや、人の栄華のはかなさに例えられ
かたや、奥ゆかしい女性に例えれる。

そんなことをブツブツ妻と言いながら、汗だくの散歩。

そこに、ミソハギ。
みそはぎ.JPG

お盆の供え花、と言うが わが町内では誰も供えない。

これだけ束になると、綺麗ですね。

しかし、暑かった。
最近にはない、涼しい日と思って歩き出したが
やはり、暑い。
背筋を伸ばして歩いたら、今日は背中と腰が痛いです。
posted by 社長 at 20:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2011年07月03日

アジサイ紫陽花

アジサイ.JPG.JPG

紫陽花の季節です。
あず(集まる)さい(藍色)が語源だとか。

紫陽花の有名な俳句ってありませんね。
そのような気がします。

「紫陽花やはなだにかはるきのふけふ」正岡子規

正岡子規でも、ここまでです。
色彩が変化することを、句にしたのですが
当たり前というこか、無理があるというか。
一夜にして変色するわけもなく。

どこか「変わるもの」から脱していません。
それよりか
あず(集まる)に重点を置いた方が綺麗だと
思うのですが。

「紫を 集めてみれば 紫陽花に」

梅雨だと言うのに
雨が降りません。
ゲリラ的な雨は時々降るのですが
連日ということは、今のところありません。

昨年のことは忘れているのから
来年になったら忘れているのでしょうが
それが、怖いですね。

なんだか、忘れてゆくことが
妙に気になる年頃になりました。
posted by 社長 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2011年07月01日

山開き・氷室

山開き.jpg

今日は、山開きであり、氷室の日。
金沢・加賀では「白山の山開きであり、また氷室の日でもあり氷室饅頭を食べる日」であります。
氷室は、加賀だけかと思っていたら
何のことはない、かなり広範囲。(夏に使うために氷・雪を貯蔵しておく設備や行為)
日本書紀によれば
仁徳天皇の時代からというのだから恐れ入ります。
金沢では、湯涌で氷室開きがあります。
今日は、氷室饅頭を食べます。
いきなり饅頭に転換されるのも
実に面白い。

そして、山開き。
霊山は、山岳信仰によって守られ、一般人が入山できるのは
この山開きから「山仕舞い」まで。
安全のための「山開きなら梅雨明け」ですよね。
信仰からであって安全だけのためでは
ないようです。
どこにでも、「歴史や慣習」がある
日本は実に豊かです。

月が代われば
心も変わります。
6月いいことなかった人も、月が代われば好転するかも。
「過去は変えられます」
今の自分次第です。

posted by 社長 at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2011年01月25日

下駄と雪

006s.jpg

『雪の朝 二の字二の字の 下駄の跡』

というような情緒も無い。
というより
この雪の中、「下駄」をはく人はいない。

が、先日の地元紙で、「政権党と他党もしくは個人」について

『踏まれても ついてゆきます 下駄の雪』

以前にも、政局で使われた定番の川柳が掲載されていました。

都々逸「けられても、踏まれても、ついてゆきます 下駄の雪」からきたとか

田中角栄が歌っていたとか、早坂茂三氏が言ったとか。

けなげな姿より、その腰抜けさ を言うようです。


話戻して「下駄の雪」といえば
鈴木晴信の「下駄の雪取り」

下駄の雪.jpg

しなやかであります。
会話が聞こえてきそうなくらいですね。二人の距離感がいいですね。


しかしながら、その頃「加賀・金澤」では
がっぽ石.jpg

この石で、下駄の雪を取り除きます。
「がっぽ石」というようです。
塀垣を車から守るための石にも、今はなっているようですね。
勿論、玄関の脇にもあったようです。



本来なら、ゆかたに下駄、「夏」のイメージですが
「冬」でも ブログのネタになるようです。

思い出しました。
中村雅俊がドラマの中で、下駄を履いていたこともあり
ジーンズに下駄、というのも昔はありました。

かまやつひろしの『あヽ我が良き友よ』(吉田拓郎作詞・作曲)もあったか。

下駄いいですね。









posted by 社長 at 17:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2010年10月23日

月下門院の歌

アメリカフー.JPG

「いかなれば いつともわかぬ 夕暮れの
          風さへ秋は 恋しかるらむ」  月下門院



上の歌の漢字だけを拾っても
「夕暮」「風」「秋」「恋」となり
いかにこの歌が、凄いか分かります。

秋です。切なくなくても、切なくなる秋です。
一体何に、切なくなっているのだろうか?

人ごみが恋しいですね。

遠方の友人から、昨日電話がありました。
何年ぶりかにM君が、尋ねて来たと。
「そうか、M君元気そうだったか。」
友人たちの会話を想像する私でした。

そして、M君からメールが。
久しぶりに会ってきたと。

何に恋しいのか、「人」に恋しいのですね。

「秋のきて 身にしむ風の 吹く頃は 
       あやしきほどに 人ぞ恋しき」   同人


「秋」「身」「風」「吹」「頃」「人」「恋」

月下門院さんは、あの後嵯峨天皇の皇女さま。
裕福であったと想像するのですが、歌は誰もが感ずる心そのもの。

誰もが、「秋」を感じてしまいますね。
      


posted by 社長 at 18:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2010年09月21日

名月・十五夜・十六夜・立待月・居待月と名をかえて

夜の工場

明日は、「仲秋の名月」だそうです。

金沢は、あいにくの「雨の予報」

「片町に 雨月の傘が 並び行く」
男同士の名月をさかなに一献が、雨で帰宅の道となる。
飲み屋のお姉さんは、客が少ない事は承知。
こんな日こそ、「同伴出勤」しか売上げを上げる手立てはない。


TVでみた、工場地帯の夜景は、素晴らしかった。
未来空間みたいで、漫画の世界みたいで
人間はここまで構造物を造れるのか、と単純に感動しました。

この工場地帯の真上に、月があっても
絵になると思いました。

「風情」とは真逆の、ナント云えばいいのでしょうか?

夜の巨大工場

『名月を とってくろうと 泣く子かな』 一茶
『名月や 畳の上に 松の影』      其角

「十五夜」の次が
「十六夜(いざよい)」でその次が
「立待月」

 「一夜一夜に 光を削り 失せし月」(自作)

そして
「居待月」「臥待月」しまいには「更待月」

月を立って待って、座って待って、臥して待つ。
日本人は、こうして日々を表現していました。
すごい事です。
一夜一夜を、愛でる心が綺麗です。

そのDNAで建造された工場にも
きっと「何か」あるんでしょうな?

大学時代、交通量調査のバイトで
コンビナートの前の道を担当しました。

田舎者の私には、初めて見るコンビナートで
その大きさ・臭い(公害でもあったわけで)までにも感動しました。

そして今、
TVのコンビナートの夜景に感動。
子供の頃に見慣れていた「月」にも
感動。

何にでも感動しています。
(大丈夫かなこの頭の中、、、?) 
posted by 社長 at 22:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 歳時記

2010年09月01日

暑い九月

高原ゆり

「暑さ寒さも彼岸まで」
もう少しの我慢なのでしょうが
「お彼岸」が遠い。9月20日が彼岸入り。

気象学上でも9月は「秋」
陰暦でも「立秋」以後の暑さを「残暑」というが
「残暑」にしては、「酷」過ぎます。

平年より、気温が1.6度高かったのですか?
1.6なんて、「小さい」数値ですが
気温にすると、このような状況になるんですね。

生物が生きられる気温の中で
1.6というのは、大きいようです。

標高でいえば300m位の気温差。
分かりやすいようで、分かり難い。

写真は、高原のゆり。
あまり涼しくは無かったです。
posted by 社長 at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記

2010年08月10日

夜半、夜半の夏

夏の和室

『月の輪を ゆり去る船や 夜半の夏』  杉田久女

「夜半」を「やはん」と読まないで
「よわ」と読むのは、テストに出たような出なかったような。

たぶん
『めぐり逢ひて 見しやそれとも 分かぬまに 
          雲隠れにし 夜半の月かげ』 紫式部

で叩き込まれたのであろう。


「炎昼(えんちゅう」などという
見るからに暑苦しい季語も、在りますが

今年の夏は、
「夜半の夏」も暑く感じます。海風も感じません。

日中暑いので、帰宅後のビールがすすみ
体がなお、ほてる。それが寝苦しさの一因かな。

19度で半袖シャツ、
20度でエアコン、
22度でビール、
23度で甚平やゆかた、
24度で水着、
25度で清涼飲料水、
27度でアイスクリーム、
30度では、アイスクリームは売れなくなり、かき氷
が売り上げを伸ばすとのこと。

秋が恋しい。
posted by 社長 at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 歳時記