2017年11月27日

『勝てる脳、負ける脳』内田暁・小林耕太著 集英社新書

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『勝てる脳、負ける脳』内田暁・小林耕太著 集英社新書

高校の部活程度の経験でも、振り返って照らし合わせれば確かに納得できる一冊であります。
「順モデル」  運動状態から(脳内の運動野で)結果を予想する。結果を正確に予想するシュミレーター。
肉体を動かすと、それに対応する部位の神経細胞が増えていく。
「イメージトレーニング」 脳内のみで繰り返される練習をメンタル・プラクティスという。それは、脳内神経細胞を向上させ、肉体的なパフォーマンスを向上させる。結果的に鍛えているのは、「精神ではなく脳である」
「反復練習で脳にセットされるプログラム」プログラム化は、計画的(明確な目標・具体的な課題)で厳しい練習で、しかも第三者のチェックがあって行われるのが良い。
「クリエイティビティ(ひらめき・創造性)」 練習でやったことのないプレーは、試合では出ない。
「思い込みがモチベーションを高める」 など、用語そのものを知らなくてもスポーツをやられた方は、経験則として認知してきたかと思います。
第三章では「脳が肉体を裏切る時」として「トラウマ」「チョーキング」「イップス」の解決策が書かれています。
最近、子供たちのサッカーやバスケットボール、野球チームにおいて、「にわか」と言うべきか、いい加減な監督・コーチがいるようです。教えることは難しいはずなのに、安易な気持ちで指導されているようです。また、監督コーチに任せようとしない親もいます。この本を読んでスポーツの奥深さを知るのも、いいかとかと思いますし、もちろん、脳とスポーツの関係を再確認するのもいいです。「心・精神」を「脳」として捉えることを忘れてしまいがちですよね。
スポーツついでに。
以前テレビで、東京オリンピックの競技会場問題で、「競歩の50キロを福島でやればいいんですよ。25キロ位の往復コースにすれば、たくさんの人に見てもらえます」の趣旨の発言があって、スタジオ全体がそのムード(25キロ位の往復コースや大周回コース)になりました。けれど、競歩は走法違反行為が2回まで許されるので、審判を配置する必要がありその人数の問題もあり、マラソンみたいなわけにはいかないのです。恐ろしきは、ど素人です。その道には、その道の人の見解をテレビは用意すべきです。また、競歩の大会においては、地元期待選手が好記録を出す傾向があります。「違反」に対して甘くなる傾向があると思います。だから、とんでもない記録が出てしまい、後で驚くこともあるかと思います。そうなって、メディアから次回大会での注目度・期待度が高まり、練習時からチョーキングを起こし体が反応しない、しまいには筋肉・骨を傷めるような方向にもなりかねません。、好記録が選手自身を滅ぼすことが怖いです。走る、跳ぶ、投げるの陸上競技で「違反が数度許され、それを駆け引きに利用できる競歩」は、実に不思議な競技です。





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2014年03月21日

便利で面白い辞典「数え方の辞典」

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便利で面白い辞典「数え方の辞典」飯田朝子著 小学館2,200円

『「10羽」は「じっぱ」が正しい?』等のコラムがあったりして
読んで楽しい辞典です。

h音で始まる助数詞の音変化を包括的に説明できる規則はないため
日本語学習者にとっては習得が難しいとされます。
その中でも、鳥を数える「羽」の読み方はしばしば議論の的となります。
国語や日本語のテストの模範解答やアナウンサーが読み上げる原稿などでは
「10羽」は「じっぱ(pa)」(もしくは「じゅうわ」)
「100羽」は「ひゃっぱ(pa)」(もしくわ「ひゃくわ」)
「1000羽」は「せんば(ba)」(もしくわ「せんわ」)
を正しいものとしています。
中略
「羽」はもともと「は ha」で、h音の助動詞ですが、
現代ではもっぱら「わ wa」となり
h音の助数詞としての認識が薄れつつあります。
「羽」を「わ wa」として捉えると
例えば「1話」「2羽」「3羽」の「話」と同様
数に応じた音の変化は起こらず、
「10羽」を「じゅうわ」と数えられます。

以上「数え方の辞典」より

私は「じっぱ」とよんだことがない。
驚きであります。
(ただし、「じゅうわ」「じゅっぱ」でも間違いではないとのこと。)

他に「八咫烏」の「咫」。
「あた」という単位
手のひらの下端から中指の先端までの長さ
(親指と中指との開いた長さとも)
に相当します。
現在でも、「箸は一咫半(ひとあたはん)の長さがいい」などと使います。
八咫(やた)は
8倍の咫から転じて、長く巨大なさまを表します。「八咫の鏡」「八咫烏」
以上「数え方の辞典」より

どうですか?
この本、面白いでしょう。

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2013年11月22日

ヒトの心はどう進化したのか

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『ヒトの心はどう進化したのか』
ちくま新書 鈴木光太郎著

「進化によって形成されるのは、実は生き物の身体的特徴だけではない。心も進化の産物なのである」という表紙の文章にひかれて、読みました。

「持久走などの長時間の有酸素運動を--苦しいものであるにかかわらず--快く感じさせるシステムがあるからである。それは、数百万年にわたって狩猟採取生活を営んできたことの結果であり、太古の祖先からの大いなる遺産である」
これは、自分も「習慣化・通常化」することを体験してきました。脳のなせる業であり、それを太古の祖先の生活遺産とは、考えたこともなかった。

「ホモ・サピエンスが、地球の隅々にまで生息範囲を広げたかについては(中略)ヒトの移動に『好奇心の強さ』を仮定するなら、つまりその移動が消極的ではなく、積極的な移動であったのだとすれば(略)」
積極的な移動という捉え方が、興味深いです。

上記以外にも
「神経線維のミエリン化」
「サリーとアンの課題」
「物理的因果を社会的因果として捉える傾向-心の理論」
「指差し-他者の視点に立つ」
「ゴシップと神の心」
「心の理論と文学」
というように、どんどん入り込んでいくので
実に面白い。そしてわかり易さこの上なし。
さては、ご自分の授業の必読書になっているのでは。

ぜひ、お時間があれば読んでみてください。
読書時間 約2時間半です。
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2012年05月29日

こらから正義の話をしよう

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『これから「正義」の話をしよう』マイケル・サンデル著 ハヤカワ文庫

2010年NHK教育テレビ「ハーバード白熱教室」でおなじみのマイケル・サンデル教授です。
TVで観ただけでは、理解できなかったので
あえて「文庫本」で考えることに。
実は、今年のお正月から何度も読み返していますが
未だに、?
哲学的思考が私にないのか?
日本人的思考に合わないのか?
(かといって自分が日本人の標準か?といえば多いに疑問なのですが、、、)
苦労して読み返しています。

理解できないと実に不愉快なものです。

しかしながら、この本は
実にたとえ話が、うまく出来ている。
思考する上で、身近なたとえ話にもっていくのは
良策と思えますが
それを哲学的に戻すのは
実に思考的に難しい。

これを読むと10分で眠れます。
深く考えると1時間は眠れません。

でも、一度読むべきです。
「正義」が何かというより
「哲学」って何。これを理解してどう実生活に反映できるのか。
また、総体としての「正義」とは
個人の「正義」とは
を考えてしまう一冊です。

日本語訳で「正義」なのですが
なんだか違うような気がするのは
私だけでしょうか。
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2012年05月24日

ふしぎなキリスト教

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『ふしぎなキリスト教』橋爪大三朗・大澤真幸 講談社現代新書

最近、何読んだのですか?
ブログに全く書かれてませんよね?
といわれたので
久々に読後の感想。

この本
帯の裏面に
「各メディアで話題沸騰、絶賛の嵐!」
読んだだけで、キリスト教が完全に理解できる(高橋源一郎氏)
イエスはキリスト教徒じゃない(森達也氏)
一年間「宗教学概論」を聴くよりもこの一冊だ(渡邉十絲子)
と書かれているので、期待しました。

確かに、うなるばかりでした。
そうだったのか!の連続です。

キリスト教がキリスト教であるためには
イエスはどういう立場・ポジションであらねばならぬか、
ということに一番興味を持ちました。
そして
「イエスは自分が復活することを知っていたか」
という小題が実に興味深い回答でした。

これは、読んでおくべきです。
実に、いい本でした。
買って後悔しません。
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2010年04月13日

吉里吉里人と井上ひさし

吉里吉里人

井上ひさし氏が亡くなって
改めて『吉里吉里人』を手に取りました。
昭和56年8月25日発行
昭和56年10月10日 六刷
  ハイペースの増刷だったことが分かります。
私が読んだのは、昭和57年2月22日(と本にめもしてあります)

東北弁が面白かったことが思い出されます。
「ひょっこりひょうたん島」の島が、東北地域にあるような感じ。

目次を見てください。

吉里吉里人の目次

いきなり東北弁の嵐。
そして、段組はこのようになっています。
井上ひさし

この調子で834ページの一冊もの。
   (今、文庫本で3冊くらいで分冊されてるんですか?)
   (一冊だと読んだときの達成感があります。)
 
しかし、これが苦にならない面白さ。
 

井上といえば「井上靖」好きの私が、「井上ひさし」を知ったのは
高校時代の同じ部活の友人N君と
誰の作品がオモシロイのかと談義したとき
彼の口から『井上ひさし ブンとフン』
読んでみたら、面白かった。

だが、この『吉里吉里人』は、それを超えていました。
面白いだけの本ではあるが、何かしら理屈をつけて
感想言えば、国家論にもなります。
確かに、これを笑い以外の目線で捉えれば
かなり高度な本になります。

この一冊も思い出の一冊です。
貧乏学生が「笑い」のために、なけなしのお金1,900円も出したのです。厚さだけなら法学の必読本『小六法』と同じ位。
「そう思うと実に安く、心を和ませてくれに違いない」などと思って買ったのでしょうか。
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2010年03月03日

十訓抄

十訓抄

十訓抄は「じっきんしょう」、もしくは「じっくんしょう」と読みますが、名の通り十種類の教訓話を納めているようです。

序文からして
このような感じ
『世の中では、身分に関係なく、賢者の振る舞いを行うものは得るものが多く、愚行をするものは失うことが多い。だから私(著者)が見聞してきた今昔の物語を材料として、賢者の行動と愚か者の行動両方を書き、倫理の指針を示そう』

十訓抄の著者は誰、?
六波羅探題に赴任していた二ロウ左衛門(じろうざえもん)らしい。

では、十種とは何ですか?
とっても役立つ事なのかと、読んでみると
これがまたすごい!

第一 心操(しんそう)・振舞いを定べきこと。
       たぶん心操は心正しき判断と思います。
第二 驕慢を離るべきこと。
       極端な思い上がりは控えなくては。
第三 人を侮るべかざるべきこと。
第四 人の上に多言を誡しむべきこと
第五 朋友撰ぶべきこと。
第六 忠信・廉直を存すべきこと
第七 思慮を専らにすべきこと
第八 諸事を堪忍すべきこと
第九 怨望をやむべきこと
       ひとの幸せをうらやみ、ねたむな
第十 才能芸業を庶幾すべきこと
       一芸に秀でることを心がけよ

どこかの会社の応接室に掲げてあったようなと思われた方
たぶん、これか、この変形です。


この歌
『大江山いくのの道の遠ければ
    まだ文をみず天橋立』 小式部内侍

母・和泉式部が留守の時に、歌会に出席することに。周囲の人は
母が作品をよこして、助けてもらうのだろう、日頃の作品も母の手によるものだと、、
中納言・藤原定頼は、歌会の前に彼女を試してしまう。
皮肉たっぷりに
「母に使いを出しましたか?お母さんがいなくて不安でしょう?」
そこで、返した歌が、上の名歌(百人一首 六十)であります。

これが「第三 人を侮るべからざること」であります。

そして、もうひとつ私たちは、この説話で、この名歌の出来た経緯を知るのです。


「万事塞翁が馬」は「第六」として。

「覆水盆にかえらず」この有名な中国の故事も
「第八」として。
呂尚(太公望)に愛想をつかして離婚した妻が、後に出世した元夫によりを戻そうとして、言われたセリフ。妻の我慢忍耐が足りなかった。

どうですか。
すごいですね。
鎌倉時代にこのような学習書があったということが
すごいですね。

そして、われわれ日本人は、
その文字を読めるということ。
占領され、言語を失った多くの民族がこの地球上に居るというのに。


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2009年04月20日

白川静を読んで

白川静

『白川静』 松岡正剛著 平凡社新書
白川静といえば
「字統」
辞書としては、特殊すぎて嫌いでしたが
この本読んで
開きたくなりました。

「娯」と「誤」
巫女(みこ)が踊って
たのしいくらいの加減が「娯」
その踊りが、怪しく悩ましげになれば「誤」
「呉」自体は、祭器を片手に持って踊っているシャーマン。

漢字の発生は、実に意味ありげ。
多くの漢字が、このような、精神的な、宗教的な型にあるようでうす。

「言葉霊(ことだま)」というのがあるから
言葉に気をつけるよう、と云われますよね、
「漢字」も同様に結構「霊」があるみたいです。

この本は、白川静の生涯をダイジェストで書いてくれています。

私は「興」(第四章)に納得。
この本の全てがここに在るように思えます。

武田鉄也のラジオ番組で、取り上げていますよね。
なぜ、今、白川静なのか?

「人間の本来の何か」を
感じる事なのかもしれません。

この不況は、
自由な、規制の弱い金融市場から起こりました。
市場に任せれば、いいと。
人に任せればいいと。

しかし「娯」と「誤」であります。
人は、どちらにでも転ぶようです。

今、ジャッキーチェンの発言が問題となっているようですが
「管理されないと、どこかに行ってしまう」事もあります。
そこまで行かずとも
「誰かの視線を感じながら生きることが、自制となるのかもしれません」

「漢字」は、語源を知ると
実に恐ろしく、「霊気」を持ったものであります。
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2008年10月26日

源氏物語 谷崎源氏

谷崎 源氏

図書館司書を目指す者には
いくつかの関門があります。

一つは外書。
原本を訳して、理解できれば言語学者ですから
司書としては、訳書を訳者とリンクさせて記憶します。

そして、もう一つは
古典です。
司書が国文学者であるわけもないので
これも、作品と著者と現代語訳者とリンクさせ記憶。

難関が
今年、「千年記念」の『源氏物語』です。
流石に長編でありますから、
かの川端康成も覚悟を決めてから着手しようかと思ったくらいでありまして、
人生の中で
日本人に生まれたからには
「源氏物語」を読まなくては、、、
(別に読まなくても、死にませんし、人格形成にも問題ないのですが、文学論と日本人の偉大さを語る上では、、:「日本人の偉大さ」とは著者の紫式部自身の評価でしかないのですが、、、)

与謝野源氏・谷崎源氏・円地源氏・寂聴源氏、変わったところで橋本源氏。

私が最初に挑んだのが
「与謝野源氏」
全く、男の私には理解できません。
むしろ、紫式部の感性に「平安女はエロ過ぎる」と思いました。


そして、社会人になって
孫子の為一冊本棚に、と思ったのがこの本です。
(子供2歳、、、?でした)
何せ、長編小説なので逆に一冊ものの方が、その量が伝わると思い。
そして、「純愛」なら
晩年まで女性の美・魔性・恋心を書き続けた谷崎潤一郎かと。
(しかし、「細雪」は嫌いです)

最大の理由は、この本の
前文に惚れました。
『「これは源氏物語の文学的翻訳であって、講義ではな」く、「原文と対照して読むものではない」のであるが、でもそのことは、「原文と懸け離れた自由奔放な意訳がしてあるとか、原作者の主観を無視して私のものにしてしまってあるというような意味では、決してな」く、「少なくとも、原文にある字句で訳文の』方にそれに該当する部分がない、というようなことがないように全くないというわけには行かぬが、なるたけそれを避けるようにし」てあるので「原文を原文を対照して読むのにも役立たなくはないはずであり、この書だけを参考としてでも、随分原文の意味を解くことができるようには、訳せていると思う」

折角読んでも、原文と相違していたら悲しい。

さて、この本
「桐壺」から「夢浮橋」まで1692ページ。

男が読むなら「谷崎源氏」です。

感想は、一言
「いつの世も恋心は、得体の知れぬモノ、そして、これで源氏は語れる!」
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2008年08月18日

理性の限界

『理性の限界』 高橋昌一郎著  講談社現代新書

昨日、友人から、お前の云ってる「ぬきうちテストのパラドックス」って何?
とメールあり。

ということで、『理性の限界』190ページ辺りから
要約すると

やぱっり、皆さん一緒に考えてね。

「月曜から金曜日いずれかの日にテストを行う。どの日にテストを行うかは、当日でないとわからない」(これが命題です)

さて、何曜日に行うのか?

ゆっくり考えてください。
ぬきうちテストが在るんです、、、!
真剣に考えてください。

私の考えは、この本の「B子」と同じでした。

結論。試験はない!というより先生は出来ない。

このような考えです。
最終日はテストがない。木曜日までに無ければ最終日金曜日に決まってしまう。それは「当日でないと分からない」に反する。テストを予想できてしまう。

同じように、金曜日が無いなら、木曜日。でも水曜日まで無ければ木曜日に決まってしまう、、、では、水曜日。でも火曜日に無ければ、、、これを考えると全ての日が、条件に合わなくなります。

だから、先生の言うような抜き打ちテストは出来ない、、。

しかし、先生は金曜日に行った。
「だって、今日はないと思ったでしょう!抜き打ち成功!」

考えすぎたら、自分でテストの可能性を消してしまった。
しかし、B子は、反論。だが、、、、

しかし、話は単純ではなく
この本では、『認知論理や決定不可能命題』に進んでいくのです。

題名のわりに、実に楽しい1冊であります。
読んでみて下さい。

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2008年08月17日

理性の限界

理性の

『理性の限界』 高橋昌一郎著 講談社現代新書

戦争・紛争を含め
いつか将来
あらゆる問題を理性的に解決できるか?
人間の理性には、永遠に超えられない限界があるのか?


この本は、
面白くディベートさせる手法をとっています。
会社員・数理経済学者・哲学史家・運動選手・生理学者・科学社会学者・実験物理学者・カント主義者・論理実証主義者・シェイクスピア学者・国際政治学者・情報科学者・はては急進的フェミニストまで登場。
と言っても当然のことながら
著者がその立場タチバデかいてるわけで、、
実に面白い1冊になっています。

丁度昨晩
オリンピックの100M決勝。

この本『理性の限界』から、抜粋。
20世紀前半「人類は10秒の壁は破れない」と。
しかし、現在
ヒトが到達できる「究極の限界値」は
100m 9秒37 といわれている。

昨日の9秒69は余裕の9秒69でした。
最後まで全力だと何秒で走りぬけててしまうのだろうか?

話を『理性の限界』に

第一章では
投票行為やチキンゲーム等から
『人間の合理的選択の限界と可能性』

第二章では
光の二重スリット実験、ミクロの世界から
『科学は暗黙の了解としての帰納法を用いているが、この帰納法に根拠がない』
よって
『なぜ科学を選ぶべきか』
と言う疑問にゆき
『人間の科学的認識の限界と可能性』に

第三章では
「ぬきうちテストのパラドックス」を
巡る思考。
これが実に面白いから
一読下さい。

さて、読み終えて
私に何が残ったか?

ともかく、全てが「限界のハザマ」に在ると言う事。
そしてそれが「般若心経」の「無」に似たものである事に
驚きました。(「あるやなしや」の世界)



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2008年02月15日

荘子の名文、北冥に魚あり、其の名を鯤(こん)と為す

中国名文

『中国名文選』 興膳 宏著  岩波新書

以下この本から。

北冥に魚あり、其の名を鯤(こん)と為す・・・・・

北の果てなる暗い海に魚がいて、その名を鯤(こん)という。鯤(こん)の大きさといったら、いったい何千里あるやらわからない。この鯤(こん)が変身して鳥になると、その名を鵬(ほう)という。その背中は、何千里あるやらわからない。この鳥が勢いよくい羽ばたいて飛び立つと、その翼はさながら大空の果てまで垂れ込めた雲のようだ。この鳥は、海が大きくうねりだすとき、南の果てなる暗い海目指して移りゆこうとする。南の果ての暗い海とは、「天の池」なのだ。

陽炎がゆれ、塵埃が舞うのは、生物が息づいているからだ。天の青々とした色は、天に特有の色なのだろうか。それとも遠く果てしないからなのだろうか。鵬が天の高みから見下ろせば、やはり青々として見えるのだろうか。

また、いったい水は、深くたたえられていなければ、大きな舟を浮かべることは出来ない。杯いっぱいの水を地面のくぼみにこぼしたのでは、せいぜい草の葉の舟を浮かべるのが精いっぱいで杯を置けば、底がついてしまう。水は浅いのに 舟は大きいからだ。風も厚く層を成していなければ、鵬の大きな翼を支えることはできない。だから九万里といえば、その下に厚い風の層があるわけだ。かくて今や鵬は風に乗り、青空を背にして、行く手をさえぎるものも無く、まさに南へと天駆けろうとする。

ヒグラシとコバトがあざ笑っていった。「おれたちは力いっぱいに飛び上がって、楡(にれ)やマユミの木を目指して突き進むが、ときには届かずに地面に落っこちてしまうだよなぁ。なのにあいつはなんで九万里も向こうに飛んでいっちまうんだろう」

近郊の野原に出かける人は、三度の弁当を食べて帰ってくれば、腹はまだ満ち足りている。百里を旅する人は、一晩かけて米を臼づくし、千里旅をする人は、三ヶ月かけて食料を調達する。このヒグラシやコバトなどに何が分かろうか。

小さな知恵にとっておおきな知恵は理解に余るし、短い寿命から長い寿命は計りきれない。なぜそうと分かるのか。朝菌というキノコは朝か夜かの見分けも付かず、夏の蝉は春と秋とを知らずに終わる。これらは命短き生物である。楚の南には冥霊(めいれい)という木があり、五百年を春、五百年を秋としている。大昔には大椿(たいちん)という木があって、八千年を春、八千年を秋としていた。ところが今では彭祖(ほうそ=伝説的な長寿の人)ひとりが長寿で聞こえ、世の人々は彼にあやかろうとするざまだ。まったく情けない、体たらくじゃないか。

以上『荘子の鵬の飛翔』であります。
実に、いいですね!
この著者の解説がまた実にいいのであります。
是非、買ってください。
教養です。訓示に使えます。


私は、横綱大鵬の由来をばあちゃんから聞いて、ついでにこの「荘子」のこの話も小学生の時に聞きました。学校で一部習ったときも、すぐに納得できました。
ばあちゃん世代では、常識だったのだろうか?
(ばあちゃんは才女で有名だったんですけど、たぶん戦前教育では常識なんでしょう)

この本は、忘れ欠けていた漢文を呼び覚まします。

他に、『司馬遷の史記』四面楚歌の項羽の一節などあり。

本来は、漢文のリズム感を楽しむ本でありますが、現代語訳にもはまります。中国は壮大であります。大地も頭の中も。
荘子は、天空からみる青き地球を妄想していたのでしょうか。
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2008年02月06日

靖国への帰還 内田康夫

靖国への

『靖国への帰還』 内田康夫 講談社
本屋に山積みにされていたので
帯に「私の代表作になるかもしれない」とかかれていたので
思わず買いました。

内田康夫の「戦争論」「靖国論」でありました。

考えてみると、実に自由な現代であります。
この本のように、タイムスリップして現代に来てしまったら
戦争で死んだ方は、どう思われるのか?
想像しました。


「靖国への帰還」
これは、何かを忘れたきた日本人への物語です。
「戦争で死ぬ意味」は勿論、「国」は誰の物か?「家族」とは何か?そして「メディア」とは?

最近、夜の民放のニュース番組を観ていたら、「どこかに誘導するキャスター」がいます。はたしてそこまでしていいのか。正義を語っているようで、実は「自分の思い」でしかないのでは?

常に、話の終わりに「私は、こう思います」と付けてもらいたい。
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2008年01月08日

「過剰と破壊の経済学」池田信夫著

過剰と破壊

「過剰と破壊の経済学」池田信夫著 アスキー新書
副題「ムーアの法則」で何が変わるのか?

『半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる』ムーアの法則です。
そういえば、あれよあれよという間にデジカメは、何百万画素になりました。携帯電話も進化し続けています。

ここから、本文
『ウェブ上の情報が自由財になれば、価格が付くのはコンテンツよりも登録された個人情報かもしれない』(73p)

『垂直統合→モジュール化→水平分業→コモディティ化→世代交代→垂直統合→……というスパイラルを描きながら、小型化と高性能化が進むのである。』(113p)

本文からキーワードをいくつか
「グローバル化」「領土を求めない帝国」「情報の洪水」
「条件の平等、結果の平等ではない」「個人が直接グローバルに近づく世界」

読んでみると、非常に攻撃的であり、実に面白い。どう面白いか?いうなれば怖い者がいないぞ!といった主張が見られる。

例えば
『政府は年金・医療保険に関する情報を総合的に把握するための「社会保障番号」を導入する方針を表明した。かつて住基ネットのときは、あれほど「国民総背番号」に騒いだメディアが、今度は当然のようにこれを報じる』

確かに、「監視」という言葉で煽られたのかもしれない。

『ITは格差を拡大させる』『(逆は)みんなが平等に貧しくなる』

またしても「格差」を考えてしまいます。

是非読んでください。

724円で楽しめます。読書時間約三時間。
大人の読書です。

この池田信夫とはここを

そして、著者池田信夫のブログは日本屈指のアクセス数を誇る
池田信夫のブログはここ
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2008年01月02日

日本語の奇跡 カタカナとひらがな

日本語の奇跡

『日本語の奇跡』 山口謡司著 新潮選書

副題<アイウエオ>と、<いろは>の発明

新年、1冊目であります。

なんじゃらほい!?と言う感じですが、
時代とともに、発音が変わると言う事や
漢字から始まっているという当たり前のことを再確認。

般若心経は、サンスクリッド語の音を漢字に置き換えているのに、意味まで理解できる漢字がある。

漢字ってどうなってるんだろう?
サンスクリッド語と漢字と日本語の関係は如何にと常々考えていたところに出会った一冊。


読み始めると新たな発見!
本から吸収!

五十音順の表(本書では五十音図)
あの「アイウエオ」「アカサタナハマヤラワ」なんですが
明覚というお坊さんが
ナント!この加賀の地で発見したとの事。
そんな偉業を、聞いた事がない!

ちなみに、その五十音順の表(本書では五十音図)は
「アカヤサタナラハマワ」の順です。
「カ」行は「牙音(がおん)」ノドの入り口で発するもの
「サ」行は「歯音」
「タ・ナ・ラ」行は「舌音」
「ハ・マ」行は「唇音」
「ワ・ヤ」行は「喉音」といったように整理されているんです。
これが、平安末期の事。

空海とともに仏教経典という形でサンスクリッド語がやってきて、明覚によって発音が整理され、本居宣長で国語が進み、明治に大槻文彦の『言海』の配列に採用される。

大槻文彦の『言海』以前は「いろは」順であることが、普通であったとの事。
そして、「いろは」より「あいうえお」の方が
実にシステム的であったか、そして明治の維新の気風に合っていたか、、

さて「いろは」
勿論、万葉仮名の世界ですから
十世紀に成立したようで

 色は匂へど 散りぬるを
 我が世誰ぞ 常ならむ
 有為の奥山 今日越えて
 浅き夢みじ 酔ひもせず

十世紀前半には、辞書作る際の配列、すなわち「いろは引き」が導入されていた。

よって、年代から、
この作者は、空海や吉備真備といった説があるが、著者の山口謡司氏は否定的であります。

発音を整理した「アイウエオ五十音順」
情緒の「いろは順」
この二つを持つ事に、大きな文化的な意味があるとの事。

実に、興味深い一冊でした。
新年の一冊にふさわしい。








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2007年12月11日

大人の見識 「君の満年齢は?」

大人の見識

『大人の見識』 阿川弘之 新潮新書
海軍で修行した?阿川弘之だから、考え方が実に楽しい。

海軍の仕官試験のお話
『蟻の歩くスピードは何ノットか?』
まともに、答えてはダメらしく
『世界には約四千種類の蟻がいますが、どの蟻でおこたえしましょうか』
と答えるのが海軍らしさ。

『君の満年齢は?』
『こればかりは時々刻々と変わりますから、お答えできません』
それで、最高点をもらった人もいるという。

海軍は『精神のフレキシビリティ』を重んじるようだ。

『武士道とジェントルマンシップ』のお話も良かった。
ここで、気になった言葉。
『インド独立運動の指導者ガンジーが「二度と外国の植民地になりたくないが、どうしてもならなくてはならないなら、もう一度英国を選ぶ」といったそうですよ』


この本、実に読みやすい。
そうだよねと相槌を打つ自分がいます。

寝る前に、チョット読んでみては如何ですか。
気楽な一冊です。
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2007年12月04日

「生物と無生物のあいだ」

生物と無生物のあいだ

『生物と無生物のあいだ』 福岡伸一著 講談社現代新書
これは、すごい本です。
帯に書いてある「サントリー学芸賞」なるものが、過去どういう本を世の中に知らしめたかは、定かではないが
これはすごい!

確かに、読み出したら止まりません。
頭の中が、『生物と無生物のあいだ』で一杯になります。

『生物と無生物』を何で分けるのか?
そんなこと考えた事もなかった。
DNAの構造自体も詳しく知らないし、その恐ろし位の複製力も知らない。

この本をむと
生命のすごさに驚きます。

話はマンハッタンから始まる。
「野口英世」の評価の低さがテーマではない。
病原体を大腸菌クラスのサイズで研究していた野口の時代。野口の死後2年後に電子顕微鏡の時代になり、
『大腸菌をラグビーボールとすればピンポン玉かパチンコ玉サイズのウイルスを見ることになる』(35p)

本文は、エイブリーの登場となる。
『DNAこそが遺伝子の物質的本体』であると考えた最初の人であります。

ここからです。
DNAをめぐる人達の物語は、

福岡伸一は『生命とは動的平衡にある流れである』と云う。
この事が、実に上手く説明されている。

こりゃあ!すごいわ!と貴方も感動してみてください。
740円です。安い。実に安い。

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2007年11月27日

Googleの次 セカンドライフの先 

Googleの次
『Googleの次 セカンドライフの先』 山崎秀夫 浅枝大志共著 アスキー新書

副題 「次世代ネットビジネスのゆくえ」

帯には「シスコやIBMが本気で取り組んでいる「次」はこれです」

なんとも、すごい副題・帯であります。

で、結論。

『IBMが呼びかけて、リンデン・リサーチ、グーグル、ソニー、インテル、シスコシステムズなど仮想社会サービスの大手企業が集まり、アバターの標準化やオープンソース化のための協議会を作った』

だから、「セカンドライフ」的なものが幅を利かすとのこと。

「セカンドライフ」は実に、日本的ではないんだが
困ったことに、それが時代の潮流となるらしい。

ちなみにアバターとは

ここまで、来ると
グーグルは、「セカンドライフ」を買収するんでは、と百人が百人おもいますよね。

アバターに戻りますが、
ボーイッシュな女の子が、仮想空間で男のアバターを作り、仮想空間で男物の洋服を買って楽しむ。しかし、現実社会では、その店で買わない。仮想空間ゆえに、彼女は男を演じて楽しいんでいるんだから、、

複数の自己を「ペルソナ」という。
アバターに着替えてセカンドライフの中で遊ぶ。

だから、セカンドライフで商機は
難しいモノとなる。

商機を見出そうとする人は、
創造的に、計画的に誘導してこなければならない。

成功例がいくつも出てきた時が
チャンスか?はたまた出遅れか?

ただ単に出店して済むモノではない。

この本を読んでみても、まだすっきりしない私です。

そして、ちょっこっと出てくる「任天堂」に未来を感じました。いや、確信しました。「モーションキャプチャー」はすごい。

前にも、書きましたが
堺屋太一の『平成30年』という小説に
近づいているような気がします。

あれは、ひとつの予言ではないかと。


さて、この本
ものの1時間半位で読めるんで・・・読んではいかが?

浅枝大志氏はセカンドライフなどのバーチャルワールドのサービス企画開発企業の代表取締役。

山崎秀夫氏は、前にもブログに書いた『ネット広告がテレビCMを超える日』の著者です。




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2007年11月15日

「東京大学応援部物語」東大には校歌がない

東京大学には、校歌がないんだって!
東京大学応援部

東京大学応援歌
『ただ一つ』 作詞:大森幸男 作曲:山口琢磨

     ただ一つ 旗かげ高し
     いまかがやける 深空(みそら)の光
     天寵(てんちょう)を 負える子ら
     友よ 友
     ここなる丘に
     東大の旗立てり
     伝統の旗 東大の光
     たたえ たたえん
     たたえ たたえん

『東京大学応援部物語』 最相葉月著 新潮文庫

応援団、、応援部はバンカラで当然。
勿論、東京大学もそうだった。

恐ろしい事に授業をサボってでも、励むのである。

六大学野球では、負けっぱなし。
応援のし甲斐も無い。ナノに彼らは、彼女らは魂をこめてヤルのである。

著者が女性ということで、多少感銘しすぎな感もあるが、
「東京大学」ということを思うと
尋常ではない人達であります。

逆に「東大生」であるがゆえに運動部や応援部に入ることは
勲章なのかも知れない。

年功序列の絶対服従の中で、学生達は苦悩する。
勿論、負け続ける運動部にイラつきながらも
自己の応援の未熟さからの敗因を
追求する。

「マゾ」か?
ではない。自己犠牲でもない。陶酔ではない。
複雑な境地があるようだ。


読んでいて驚いたこと
冒頭に書いた
東京大学には、「校歌も校旗もない」という点

神宮では、校歌の変わりに「ただ一つ」を歌う。
なんだか、心に響く歌詞です。
「男気」を感じます。

運動会歌
『大空と』作詞:北原白秋 作曲:山田耕作

     大空と澄みわたる淡青
     厳たり我が旗 高く開かむ
     仰げよ梢を 銀杏のこの道
     蘊奥(うんおん)の窮理 応じて更に
     人格の陶治(とうや)ここに薫る
     栄光の学府 巍巍(ぎぎ)たり赤門
     我が赤門 高く開かむ

さすが、帝大という感じ。
昭和30年に安田講堂で発見される。それまで幻の一曲だたそうな、、

ちなみに、東京大学応援旗を「淡青旗」という。

posted by 社長 at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後の感想

2007年11月11日

環境問題はなぜウソがまかり通るのか

環境問題はなぜウソが

『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』 武田邦彦著 洋泉社

衝撃的な本です。
確かに、自分自身も「変」と思っていたことは、「ひとつだけ」後は全て衝撃的でした。

『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』
題名の通り、読後は「なぜ」という気持ちになります。
反対意見を読んでみたい。今すぐに、、、

著者:武田邦彦 1943年生まれ。東京大学教養学部卒。名古屋大学大学院教授を経て現在、中部大学教授兼多摩美術大学非常勤講師。内閣府原子力安全委員会専門委員。文部科学省科学技術審議会専門委員。

『温暖化と北極の氷』
北極の氷が解けて、海にザバーと崩壊する映像見ますよね。
「氷が解けた分、海面が上昇する」様なイメージとナレーション。

これは、アホの私でも、間違いに気づきます。
中学生だって解かります。
スターバックスのバイトさんも解かります。

コップに入っている氷、とけたらコップの水位上がりますか?
上がらないよね!
アルキメデスの法則です。
2000年以上前からの常識!

著者:武田邦彦は、これを言う!
温暖化が進めば、海水面が上昇するとしたら、
それは、
海水の膨張によるものと。

南極は、陸の上に氷があります。
しかし、温暖化しても周囲との温度差がより氷を作るほうに働くと。


「ペットボトルのリサイクル」
これは、データーでいかにリサイクルされずに焼却されているかを証明。

東京都が「ゴミの分別」を緩くするとの報道が最近ありました。
実は、その方が資源を無駄にしないらしい。
「ダイオキシン」は危ないという刷り込みを、私たちは知らぬ間にされているだけだそうです。

「水素エネルギーの自動車」
確かに車自体は、二酸化炭素の放出を減らしますが
「水素」を製造する過程で「二酸化炭素」を放出するから、効果はないと、、

では、何が二酸化炭素を減らす事になるか?
困った事に
「石油の枯掘」石油がなくなったら、劇的に二酸化炭素は減る。
ただし、食糧難や文明の維持は、難しくなると。

これこそ、叡智が必要だと。
訳の解からん「偽エコ」よりも、将来に向けて「石油のない社会のための方策」を考えるべきと、著者は言う。

光触媒は「太陽光」で稼動します。
「エコ」です。
この触媒を製造するための電力は、二酸化炭素を出しているでしょう。しかし、問題はその効果の寿命です。幸いにも長い。

光触媒がより高感度になれば、ベストなんですが。

ちなみに、二酸化炭素以上に「温暖化係数」の高い物質もあります。
同一重量にしてメタンは二酸化炭素の約21倍、亜酸化窒素は約310倍、フロン類は数百〜数千倍といわれます。

posted by 社長 at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後の感想