2008年08月18日

理性の限界

『理性の限界』 高橋昌一郎著  講談社現代新書

昨日、友人から、お前の云ってる「ぬきうちテストのパラドックス」って何?
とメールあり。

ということで、『理性の限界』190ページ辺りから
要約すると

やぱっり、皆さん一緒に考えてね。

「月曜から金曜日いずれかの日にテストを行う。どの日にテストを行うかは、当日でないとわからない」(これが命題です)

さて、何曜日に行うのか?

ゆっくり考えてください。
ぬきうちテストが在るんです、、、!
真剣に考えてください。

私の考えは、この本の「B子」と同じでした。

結論。試験はない!というより先生は出来ない。

このような考えです。
最終日はテストがない。木曜日までに無ければ最終日金曜日に決まってしまう。それは「当日でないと分からない」に反する。テストを予想できてしまう。

同じように、金曜日が無いなら、木曜日。でも水曜日まで無ければ木曜日に決まってしまう、、、では、水曜日。でも火曜日に無ければ、、、これを考えると全ての日が、条件に合わなくなります。

だから、先生の言うような抜き打ちテストは出来ない、、。

しかし、先生は金曜日に行った。
「だって、今日はないと思ったでしょう!抜き打ち成功!」

考えすぎたら、自分でテストの可能性を消してしまった。
しかし、B子は、反論。だが、、、、

しかし、話は単純ではなく
この本では、『認知論理や決定不可能命題』に進んでいくのです。

題名のわりに、実に楽しい1冊であります。
読んでみて下さい。
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2008年08月17日

理性の限界

理性の

『理性の限界』 高橋昌一郎著 講談社現代新書

戦争・紛争を含め
いつか将来
あらゆる問題を理性的に解決できるか?
人間の理性には、永遠に超えられない限界があるのか?


この本は、
面白くディベートさせる手法をとっています。
会社員・数理経済学者・哲学史家・運動選手・生理学者・科学社会学者・実験物理学者・カント主義者・論理実証主義者・シェイクスピア学者・国際政治学者・情報科学者・はては急進的フェミニストまで登場。
と言っても当然のことながら
著者がその立場タチバデかいてるわけで、、
実に面白い1冊になっています。

丁度昨晩
オリンピックの100M決勝。

この本『理性の限界』から、抜粋。
20世紀前半「人類は10秒の壁は破れない」と。
しかし、現在
ヒトが到達できる「究極の限界値」は
100m 9秒37 といわれている。

昨日の9秒69は余裕の9秒69でした。
最後まで全力だと何秒で走りぬけててしまうのだろうか?

話を『理性の限界』に

第一章では
投票行為やチキンゲーム等から
『人間の合理的選択の限界と可能性』

第二章では
光の二重スリット実験、ミクロの世界から
『科学は暗黙の了解としての帰納法を用いているが、この帰納法に根拠がない』
よって
『なぜ科学を選ぶべきか』
と言う疑問にゆき
『人間の科学的認識の限界と可能性』に

第三章では
「ぬきうちテストのパラドックス」を
巡る思考。
これが実に面白いから
一読下さい。

さて、読み終えて
私に何が残ったか?

ともかく、全てが「限界のハザマ」に在ると言う事。
そしてそれが「般若心経」の「無」に似たものである事に
驚きました。(「あるやなしや」の世界)
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2008年02月15日

荘子の名文、北冥に魚あり、其の名を鯤(こん)と為す

中国名文

『中国名文選』 興膳 宏著  岩波新書

以下この本から。

北冥に魚あり、其の名を鯤(こん)と為す・・・・・

北の果てなる暗い海に魚がいて、その名を鯤(こん)という。鯤(こん)の大きさといったら、いったい何千里あるやらわからない。この鯤(こん)が変身して鳥になると、その名を鵬(ほう)という。その背中は、何千里あるやらわからない。この鳥が勢いよくい羽ばたいて飛び立つと、その翼はさながら大空の果てまで垂れ込めた雲のようだ。この鳥は、海が大きくうねりだすとき、南の果てなる暗い海目指して移りゆこうとする。南の果ての暗い海とは、「天の池」なのだ。

陽炎がゆれ、塵埃が舞うのは、生物が息づいているからだ。天の青々とした色は、天に特有の色なのだろうか。それとも遠く果てしないからなのだろうか。鵬が天の高みから見下ろせば、やはり青々として見えるのだろうか。

また、いったい水は、深くたたえられていなければ、大きな舟を浮かべることは出来ない。杯いっぱいの水を地面のくぼみにこぼしたのでは、せいぜい草の葉の舟を浮かべるのが精いっぱいで杯を置けば、底がついてしまう。水は浅いのに 舟は大きいからだ。風も厚く層を成していなければ、鵬の大きな翼を支えることはできない。だから九万里といえば、その下に厚い風の層があるわけだ。かくて今や鵬は風に乗り、青空を背にして、行く手をさえぎるものも無く、まさに南へと天駆けろうとする。

ヒグラシとコバトがあざ笑っていった。「おれたちは力いっぱいに飛び上がって、楡(にれ)やマユミの木を目指して突き進むが、ときには届かずに地面に落っこちてしまうだよなぁ。なのにあいつはなんで九万里も向こうに飛んでいっちまうんだろう」

近郊の野原に出かける人は、三度の弁当を食べて帰ってくれば、腹はまだ満ち足りている。百里を旅する人は、一晩かけて米を臼づくし、千里旅をする人は、三ヶ月かけて食料を調達する。このヒグラシやコバトなどに何が分かろうか。

小さな知恵にとっておおきな知恵は理解に余るし、短い寿命から長い寿命は計りきれない。なぜそうと分かるのか。朝菌というキノコは朝か夜かの見分けも付かず、夏の蝉は春と秋とを知らずに終わる。これらは命短き生物である。楚の南には冥霊(めいれい)という木があり、五百年を春、五百年を秋としている。大昔には大椿(たいちん)という木があって、八千年を春、八千年を秋としていた。ところが今では彭祖(ほうそ=伝説的な長寿の人)ひとりが長寿で聞こえ、世の人々は彼にあやかろうとするざまだ。まったく情けない、体たらくじゃないか。

以上『荘子の鵬の飛翔』であります。
実に、いいですね!
この著者の解説がまた実にいいのであります。
是非、買ってください。
教養です。訓示に使えます。


私は、横綱大鵬の由来をばあちゃんから聞いて、ついでにこの「荘子」のこの話も小学生の時に聞きました。学校で一部習ったときも、すぐに納得できました。
ばあちゃん世代では、常識だったのだろうか?
(ばあちゃんは才女で有名だったんですけど、たぶん戦前教育では常識なんでしょう)

この本は、忘れ欠けていた漢文を呼び覚まします。

他に、『司馬遷の史記』四面楚歌の項羽の一節などあり。

本来は、漢文のリズム感を楽しむ本でありますが、現代語訳にもはまります。中国は壮大であります。大地も頭の中も。
荘子は、天空からみる青き地球を妄想していたのでしょうか。
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2008年02月06日

靖国への帰還 内田康夫

靖国への

『靖国への帰還』 内田康夫 講談社
本屋に山積みにされていたので
帯に「私の代表作になるかもしれない」とかかれていたので
思わず買いました。

内田康夫の「戦争論」「靖国論」でありました。

考えてみると、実に自由な現代であります。
この本のように、タイムスリップして現代に来てしまったら
戦争で死んだ方は、どう思われるのか?
想像しました。


「靖国への帰還」
これは、何かを忘れたきた日本人への物語です。
「戦争で死ぬ意味」は勿論、「国」は誰の物か?「家族」とは何か?そして「メディア」とは?

最近、夜の民放のニュース番組を観ていたら、「どこかに誘導するキャスター」がいます。はたしてそこまでしていいのか。正義を語っているようで、実は「自分の思い」でしかないのでは?

常に、話の終わりに「私は、こう思います」と付けてもらいたい。
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2008年01月08日

「過剰と破壊の経済学」池田信夫著

過剰と破壊

「過剰と破壊の経済学」池田信夫著 アスキー新書
副題「ムーアの法則」で何が変わるのか?

『半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる』ムーアの法則です。
そういえば、あれよあれよという間にデジカメは、何百万画素になりました。携帯電話も進化し続けています。

ここから、本文
『ウェブ上の情報が自由財になれば、価格が付くのはコンテンツよりも登録された個人情報かもしれない』(73p)

『垂直統合→モジュール化→水平分業→コモディティ化→世代交代→垂直統合→……というスパイラルを描きながら、小型化と高性能化が進むのである。』(113p)

本文からキーワードをいくつか
「グローバル化」「領土を求めない帝国」「情報の洪水」
「条件の平等、結果の平等ではない」「個人が直接グローバルに近づく世界」

読んでみると、非常に攻撃的であり、実に面白い。どう面白いか?いうなれば怖い者がいないぞ!といった主張が見られる。

例えば
『政府は年金・医療保険に関する情報を総合的に把握するための「社会保障番号」を導入する方針を表明した。かつて住基ネットのときは、あれほど「国民総背番号」に騒いだメディアが、今度は当然のようにこれを報じる』

確かに、「監視」という言葉で煽られたのかもしれない。

『ITは格差を拡大させる』『(逆は)みんなが平等に貧しくなる』

またしても「格差」を考えてしまいます。

是非読んでください。

724円で楽しめます。読書時間約三時間。
大人の読書です。

この池田信夫とはここを

そして、著者池田信夫のブログは日本屈指のアクセス数を誇る
池田信夫のブログはここ
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2008年01月02日

日本語の奇跡 カタカナとひらがな

日本語の奇跡

『日本語の奇跡』 山口謡司著 新潮選書

副題<アイウエオ>と、<いろは>の発明

新年、1冊目であります。

なんじゃらほい!?と言う感じですが、
時代とともに、発音が変わると言う事や
漢字から始まっているという当たり前のことを再確認。

般若心経は、サンスクリッド語の音を漢字に置き換えているのに、意味まで理解できる漢字がある。

漢字ってどうなってるんだろう?
サンスクリッド語と漢字と日本語の関係は如何にと常々考えていたところに出会った一冊。


読み始めると新たな発見!
本から吸収!

五十音順の表(本書では五十音図)
あの「アイウエオ」「アカサタナハマヤラワ」なんですが
明覚というお坊さんが
ナント!この加賀の地で発見したとの事。
そんな偉業を、聞いた事がない!

ちなみに、その五十音順の表(本書では五十音図)は
「アカヤサタナラハマワ」の順です。
「カ」行は「牙音(がおん)」ノドの入り口で発するもの
「サ」行は「歯音」
「タ・ナ・ラ」行は「舌音」
「ハ・マ」行は「唇音」
「ワ・ヤ」行は「喉音」といったように整理されているんです。
これが、平安末期の事。

空海とともに仏教経典という形でサンスクリッド語がやってきて、明覚によって発音が整理され、本居宣長で国語が進み、明治に大槻文彦の『言海』の配列に採用される。

大槻文彦の『言海』以前は「いろは」順であることが、普通であったとの事。
そして、「いろは」より「あいうえお」の方が
実にシステム的であったか、そして明治の維新の気風に合っていたか、、

さて「いろは」
勿論、万葉仮名の世界ですから
十世紀に成立したようで

 色は匂へど 散りぬるを
 我が世誰ぞ 常ならむ
 有為の奥山 今日越えて
 浅き夢みじ 酔ひもせず

十世紀前半には、辞書作る際の配列、すなわち「いろは引き」が導入されていた。

よって、年代から、
この作者は、空海や吉備真備といった説があるが、著者の山口謡司氏は否定的であります。

発音を整理した「アイウエオ五十音順」
情緒の「いろは順」
この二つを持つ事に、大きな文化的な意味があるとの事。

実に、興味深い一冊でした。
新年の一冊にふさわしい。
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2007年12月11日

大人の見識 「君の満年齢は?」

大人の見識

『大人の見識』 阿川弘之 新潮新書
海軍で修行した?阿川弘之だから、考え方が実に楽しい。

海軍の仕官試験のお話
『蟻の歩くスピードは何ノットか?』
まともに、答えてはダメらしく
『世界には約四千種類の蟻がいますが、どの蟻でおこたえしましょうか』
と答えるのが海軍らしさ。

『君の満年齢は?』
『こればかりは時々刻々と変わりますから、お答えできません』
それで、最高点をもらった人もいるという。

海軍は『精神のフレキシビリティ』を重んじるようだ。

『武士道とジェントルマンシップ』のお話も良かった。
ここで、気になった言葉。
『インド独立運動の指導者ガンジーが「二度と外国の植民地になりたくないが、どうしてもならなくてはならないなら、もう一度英国を選ぶ」といったそうですよ』


この本、実に読みやすい。
そうだよねと相槌を打つ自分がいます。

寝る前に、チョット読んでみては如何ですか。
気楽な一冊です。
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2007年12月04日

「生物と無生物のあいだ」

生物と無生物のあいだ

『生物と無生物のあいだ』 福岡伸一著 講談社現代新書
これは、すごい本です。
帯に書いてある「サントリー学芸賞」なるものが、過去どういう本を世の中に知らしめたかは、定かではないが
これはすごい!

確かに、読み出したら止まりません。
頭の中が、『生物と無生物のあいだ』で一杯になります。

『生物と無生物』を何で分けるのか?
そんなこと考えた事もなかった。
DNAの構造自体も詳しく知らないし、その恐ろし位の複製力も知らない。

この本をむと
生命のすごさに驚きます。

話はマンハッタンから始まる。
「野口英世」の評価の低さがテーマではない。
病原体を大腸菌クラスのサイズで研究していた野口の時代。野口の死後2年後に電子顕微鏡の時代になり、
『大腸菌をラグビーボールとすればピンポン玉かパチンコ玉サイズのウイルスを見ることになる』(35p)

本文は、エイブリーの登場となる。
『DNAこそが遺伝子の物質的本体』であると考えた最初の人であります。

ここからです。
DNAをめぐる人達の物語は、

福岡伸一は『生命とは動的平衡にある流れである』と云う。
この事が、実に上手く説明されている。

こりゃあ!すごいわ!と貴方も感動してみてください。
740円です。安い。実に安い。
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2007年11月27日

Googleの次 セカンドライフの先 

Googleの次
『Googleの次 セカンドライフの先』 山崎秀夫 浅枝大志共著 アスキー新書

副題 「次世代ネットビジネスのゆくえ」

帯には「シスコやIBMが本気で取り組んでいる「次」はこれです」

なんとも、すごい副題・帯であります。

で、結論。

『IBMが呼びかけて、リンデン・リサーチ、グーグル、ソニー、インテル、シスコシステムズなど仮想社会サービスの大手企業が集まり、アバターの標準化やオープンソース化のための協議会を作った』

だから、「セカンドライフ」的なものが幅を利かすとのこと。

「セカンドライフ」は実に、日本的ではないんだが
困ったことに、それが時代の潮流となるらしい。

ちなみにアバターとは

ここまで、来ると
グーグルは、「セカンドライフ」を買収するんでは、と百人が百人おもいますよね。

アバターに戻りますが、
ボーイッシュな女の子が、仮想空間で男のアバターを作り、仮想空間で男物の洋服を買って楽しむ。しかし、現実社会では、その店で買わない。仮想空間ゆえに、彼女は男を演じて楽しいんでいるんだから、、

複数の自己を「ペルソナ」という。
アバターに着替えてセカンドライフの中で遊ぶ。

だから、セカンドライフで商機は
難しいモノとなる。

商機を見出そうとする人は、
創造的に、計画的に誘導してこなければならない。

成功例がいくつも出てきた時が
チャンスか?はたまた出遅れか?

ただ単に出店して済むモノではない。

この本を読んでみても、まだすっきりしない私です。

そして、ちょっこっと出てくる「任天堂」に未来を感じました。いや、確信しました。「モーションキャプチャー」はすごい。

前にも、書きましたが
堺屋太一の『平成30年』という小説に
近づいているような気がします。

あれは、ひとつの予言ではないかと。


さて、この本
ものの1時間半位で読めるんで・・・読んではいかが?

浅枝大志氏はセカンドライフなどのバーチャルワールドのサービス企画開発企業の代表取締役。

山崎秀夫氏は、前にもブログに書いた『ネット広告がテレビCMを超える日』の著者です。
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2007年11月15日

「東京大学応援部物語」東大には校歌がない

東京大学には、校歌がないんだって!
東京大学応援部

東京大学応援歌
『ただ一つ』 作詞:大森幸男 作曲:山口琢磨

     ただ一つ 旗かげ高し
     いまかがやける 深空(みそら)の光
     天寵(てんちょう)を 負える子ら
     友よ 友
     ここなる丘に
     東大の旗立てり
     伝統の旗 東大の光
     たたえ たたえん
     たたえ たたえん

『東京大学応援部物語』 最相葉月著 新潮文庫

応援団、、応援部はバンカラで当然。
勿論、東京大学もそうだった。

恐ろしい事に授業をサボってでも、励むのである。

六大学野球では、負けっぱなし。
応援のし甲斐も無い。ナノに彼らは、彼女らは魂をこめてヤルのである。

著者が女性ということで、多少感銘しすぎな感もあるが、
「東京大学」ということを思うと
尋常ではない人達であります。

逆に「東大生」であるがゆえに運動部や応援部に入ることは
勲章なのかも知れない。

年功序列の絶対服従の中で、学生達は苦悩する。
勿論、負け続ける運動部にイラつきながらも
自己の応援の未熟さからの敗因を
追求する。

「マゾ」か?
ではない。自己犠牲でもない。陶酔ではない。
複雑な境地があるようだ。


読んでいて驚いたこと
冒頭に書いた
東京大学には、「校歌も校旗もない」という点

神宮では、校歌の変わりに「ただ一つ」を歌う。
なんだか、心に響く歌詞です。
「男気」を感じます。

運動会歌
『大空と』作詞:北原白秋 作曲:山田耕作

     大空と澄みわたる淡青
     厳たり我が旗 高く開かむ
     仰げよ梢を 銀杏のこの道
     蘊奥(うんおん)の窮理 応じて更に
     人格の陶治(とうや)ここに薫る
     栄光の学府 巍巍(ぎぎ)たり赤門
     我が赤門 高く開かむ

さすが、帝大という感じ。
昭和30年に安田講堂で発見される。それまで幻の一曲だたそうな、、

ちなみに、東京大学応援旗を「淡青旗」という。
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2007年11月11日

環境問題はなぜウソがまかり通るのか

環境問題はなぜウソが

『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』 武田邦彦著 洋泉社

衝撃的な本です。
確かに、自分自身も「変」と思っていたことは、「ひとつだけ」後は全て衝撃的でした。

『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』
題名の通り、読後は「なぜ」という気持ちになります。
反対意見を読んでみたい。今すぐに、、、

著者:武田邦彦 1943年生まれ。東京大学教養学部卒。名古屋大学大学院教授を経て現在、中部大学教授兼多摩美術大学非常勤講師。内閣府原子力安全委員会専門委員。文部科学省科学技術審議会専門委員。

『温暖化と北極の氷』
北極の氷が解けて、海にザバーと崩壊する映像見ますよね。
「氷が解けた分、海面が上昇する」様なイメージとナレーション。

これは、アホの私でも、間違いに気づきます。
中学生だって解かります。
スターバックスのバイトさんも解かります。

コップに入っている氷、とけたらコップの水位上がりますか?
上がらないよね!
アルキメデスの法則です。
2000年以上前からの常識!

著者:武田邦彦は、これを言う!
温暖化が進めば、海水面が上昇するとしたら、
それは、
海水の膨張によるものと。

南極は、陸の上に氷があります。
しかし、温暖化しても周囲との温度差がより氷を作るほうに働くと。


「ペットボトルのリサイクル」
これは、データーでいかにリサイクルされずに焼却されているかを証明。

東京都が「ゴミの分別」を緩くするとの報道が最近ありました。
実は、その方が資源を無駄にしないらしい。
「ダイオキシン」は危ないという刷り込みを、私たちは知らぬ間にされているだけだそうです。

「水素エネルギーの自動車」
確かに車自体は、二酸化炭素の放出を減らしますが
「水素」を製造する過程で「二酸化炭素」を放出するから、効果はないと、、

では、何が二酸化炭素を減らす事になるか?
困った事に
「石油の枯掘」石油がなくなったら、劇的に二酸化炭素は減る。
ただし、食糧難や文明の維持は、難しくなると。

これこそ、叡智が必要だと。
訳の解からん「偽エコ」よりも、将来に向けて「石油のない社会のための方策」を考えるべきと、著者は言う。

光触媒は「太陽光」で稼動します。
「エコ」です。
この触媒を製造するための電力は、二酸化炭素を出しているでしょう。しかし、問題はその効果の寿命です。幸いにも長い。

光触媒がより高感度になれば、ベストなんですが。

ちなみに、二酸化炭素以上に「温暖化係数」の高い物質もあります。
同一重量にしてメタンは二酸化炭素の約21倍、亜酸化窒素は約310倍、フロン類は数百〜数千倍といわれます。
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2007年10月25日

安政五年の大脱出 五十嵐貴久著 幻冬舎文庫

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『安政五年の大脱出』五十嵐貴久著 幻冬舎文庫

フィクションです。
背表紙には、
『安政五年、井伊直弼に謀られ、南津和野藩士51人と美しく才気溢れる姫・美雪が脱出不可能な絖神岳山頂に幽閉された。直弼の要求は姫の「心」、与えられた時間は一ヶ月。刀を奪われ、逃げ道を塞がれた男達は、密かに穴を掘り始めたが、極限状態での作業は困難を極める……。恋、友情、誇りが胸を熱くする。痛快!驚愕!感動の娯楽大作。』

ということで、しかし、やっぱりフィクション。

痛快でも驚愕でもなかった。

真実の方が、面白かったりしますよね。

でも、暇つぶしの一冊としては、十分。

昔(35年ほど前)、「大脱走」という映画、何度も再放送されていました。最近無いですね。あの、スティーブ・マックイーンの、、
穴を掘って、逃げるあの「大脱走」。
スティーブ・マックイーンがバイクで有刺鉄線を飛び越えるあのシーンは、感動でした。

私達、中学生は教室の机を並べその下を四つん這いしながら、「大脱走」気分。おバカでした。
そうかと思えば、ブルースリーのマネで、ヌンチャ代わりに濡らしたタオルで、、、ついでに「エクソシスト」のパロデイで首を回す、、、重症です。よく高校受験を無事通過したモノだ!

話を戻し
この小説の姫様の逃げ方が、それに劣らず奇想天外!
ありえない、、、やっぱりフィクションです。

どうせなら、桜田門外の変まで、話を拡大させて欲しかった。

ひとつ驚き
登場人物のその後を書いている。
フィクションらしからぬ手法です。
で、この作家が好きになりました。
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2007年10月09日

禅 ZEN 鈴木大拙  時鐘舎新書

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『禅 ZEN 鈴木大拙 』北国新聞編集局編 時鐘舎新書
『 「先生、犬に仏性があるかどうか、私に聞いてください」
  「それでは、犬に仏性はあるかな」
  「ワンワン」
  「なかなかだな」    』(本誌 113p)
映画『モダン・タイムス』の少女役をやった女優ポーレット・ゴダードと仏教哲学者・鈴木大拙の会話。

鈴木大拙、西田幾多郎の世界には興味はあったが、中々入り込めない。入ったら危険!
どう危険なのか?実に奥が深く考え込んでしまうから。

ある時、今流行のスピリチュアル・カウンセラーをやってる方がが、私にこう言いました。
「造花には、パワーがない。」

驚きました。この人の心は東洋人ではないな!と確信しました。(私は別に東洋的志向だけを求めていませんが、、)

人がモノを作る時は、心を込めます。
自動車だって、製図を引く人から製造する人・販売する人までそれぞれがその職業の中で「心」を込めてやっています。その車が無機質なものであるわけがない。

ましてや、自分が乗っていた愛車を廃棄し乗り換える時、「今までありがとう!」と車に言ってしまうのが、人間ではないだろうか?

一枚の折込広告。ばあちゃんが孫に鶴を折ってやれば、パワーがあるでしょうに。でも、最初からその一枚の折込広告は、もとは植物であり、その文章は多くの人が「売れたらいいな!見て欲しいな!」と心込めた作品なんですね。

その車やモノに「心やパワーがあるかは、こちら側の人間の心のレベルではないか。自分が鏡に映ってるだけではないか」と私は思います。

で、鈴木大拙。
この『禅 ZEN 鈴木大拙』で彼の歩んだ人生を大まかに知る事が出来ます。

今から半世紀前、米国雑誌「ライフ」の世論調査で「世界に現存する最大の哲学者はD・T・SUZUKI」という結果をどう思うべきか。

秋の夜長を、文字を追っかける読書から、文字をかみ締める読書にさせる一冊です。

それこそ
背筋を伸ばして、深呼吸して「考える型」を作り思考してみようと思いました。
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2007年09月17日

「ウェブ社会をどう生きるか」西垣 通 

nisigaki toru

『ウェブ社会をどう生きるか』西垣 通著 岩波新書

西垣 通氏は東京大学大学院教授。
よって、今までの「ウェブ論」を書いた書籍とは、チョット違う。
「ウェブ社会」全てを肯定的に見てる方にとっては、邪悪な1冊。


私的には、「そうなんだ、このような見方もあるよな」という1冊です。好きな1冊です。

そして、実に大学の教授らしいのは、173pから177pにわたって、「まとめ:先生の主張」が書かれていること。

*放送・通信の生産者VS一般ユーザー、どちらのからのアプローチによるのかが問題。

*業界の覇者がパソコンのハード・ソフト製造会社から情報検索サービス会社へ移行

*検索エンジンは、民主的討論ではなく大衆的な同調作用を起こしてしまわないか。

*ウェブ2.0で検索できるのは、機械情報だけで、本来、人間が必要とする情報よりはるかに狭義の情報しか出来ない。

 等々、チョット難解(機械情報など)ではありますが、全部読めば理解できます。


ここだけ立ち読みすれば、済みそうなんですが、あえて、買ってください。
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2007年08月30日

フジヤマツインピークス

fuyou ka

昨日の
高城 剛で
「フジヤマツインピークス」にたどり着けなかった方は

これでダイレクトに
彼の作品を鑑賞してください。

ここ

富士山は綺麗な単独峰。
単独だから綺麗なんだ、、と

しかし、双子の山にしてみたら
やっぱり綺麗。

その優美さは、
単独峰以上かもしれません。

ひょっとしたら、
思い込んでいるだけの事が
あるのかもしれません。

「便利さ」「美しさ」の
とらえ方が、縮こまっているかもしれません。

「スタイル」を固定しているかもしれません。
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2007年08月29日

『ヤバいぜっ!デジタル日本』 

yabaize

『ヤバいぜっ!デジタル日本』 高城 剛著 集英社新書

『ゲーム業界が提案しなくてはいけないのはハードでもソフトでもなく、新しいスタイルなのである』(本書28p)

『画像処理の技術やサービス、更にはスタイルが、今後世界をますます制するだろう』 (本書50p)

『世界のコンテンツ・トレンドを無視した、わが国のコンテンツ戦略の大失敗例が音楽業界である』 (本書57p)

『記録メディアの勝敗は、コピーしやすい方が勝つ』 (本書68p)

『次世代オーディオがもたらす可能性のひとつは、マルチチャンネルだと思う』(本書76p)

『今後日本の最後とも言える輸出文化はスタイルである。(中略)時代にあった価格や機能のバランスの良い、かつ今までにない考え方。そのすべてをもって、スタイルと僕は呼ぶ』(本書134−135p)

『僕が問題にしているのは(中略)僕のように、著作物のコピーを可能にしたいと作者自らが言っているのに、思い通りにできない仕組みや風潮である。一体、著作者を守るための著作権で、なぜ自由を奪われなくてはいけないのか。』 (本書165−166p)

以上が、本書の中で気になった文です。

副題は「ハイブッリド・スタイルのススメ」

どういうことか?
技術やスタイルをコピー&ペーストでマルチスペシャル化する。そこには、いろんなことがパブリック化されねばならない。
例がトヨタのハイブリッド車でもあります。

この本は、是非読んでおきたい一冊です。
ひょとしたら、預言書と後々言われるかもしれません。
「著作権」については、その通りだと思いました。

著者・高城 剛のHPを
見てください。

高城 剛の「フジヤマツインピークス」は有名ですよね。
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2007年07月25日

ネット広告がテレビCMを超える日、ネットはテレビをどう呑み込むか

ネット テレビ 広告

『ネットはテレビをどう呑み込むか?』 歌田明弘著 アスキー新書

『ネット広告がテレビCMを超える日』 山崎秀夫・兼元謙任共著 マイコミ新書
題名どおりの本です。

『地方局は、キー局の放送を流すだけで「電波料」をもらえる。コンテンツの提供を受ける側が提供側にお金を払うのが普通だが、テレビの世界ではその逆なのだ』(『ネットはテレビをどう呑み込むか?』 179p)

この2冊は、
「テレビを録画して、CMを飛ばして鑑賞されては、スポンサーがたまらない。CM料が減れば番組の質が落ちてゆく。益々テレビから離れてしまう」

「地方局は、デジタル放送設備への投資で、経営が圧迫される上に、キー局からのCM料も減少するかも。」

「もし、番組をネットで鑑賞することになったら、地方局はどうなるんだろう。」

 テレビ局も、ネットに無関心ではありません
  日本テレビの第2日本テレビ

  フジテレビのフジテレビ・オン・デマンド

そして、
驚きなんですが、テレビを作る会社たちが、、、、
松下電器・ソニー・シャープ・東芝・日立などの共同会社の「アクトビラ」


これらは、今はまだ未完のサイトです。

テレビ局は、番組の予告のためにネットをやっているのではありません。今は過去の番組の切り売りです。

今、テレビで放映中の番組をネット上でも公開したり、ニュースをいち早く報道したりすることも出来ます。


  

ネットを無視したらテレビ局はどうなるんでしょう?
 ネットの情報速度・量と戦えるのか?
 動画(YOUTUBE等)もネットになりつつある中で
 著作権だけで、ネットの動画を止められるか?
 著作権はどこまで?

この2冊を読んで、実にタメになりました。
マスコミの方々は、読んでいるのだと思います。

テレビ局も、このままでは負けてしまいます。
ましてや、ラジオ局や雑誌(出版社)はどうなんだろう?
新聞社はどうなるんだろう。

テレビキー局には、膨大な映像・コンテンツがあります。
NHKがネット配信サービスからインターネット放送を始めたら、嬉しいですね。
一方的に配信してくるテレビに対して、ネット型はこちらが観たいものを選択したり、逆にこちら側から発信することも出来る。

楽天がTBSを手に入れたがる事より、ホリエモンがフジテレビを欲しがった理由の方が、すごいと思のは、この辺か。

単なる映す箱の従来のテレビ(局)でいられない。

そして、
デジタル放送よりも、ネットテレビの方が、より快適なのではないかという疑問も生じました。
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2007年06月24日

文系の為の「Web2.0」入門

ブログの記事数
知らぬ間に300超えていました。
300本記念!で何かを書くべきかと思いましたが、、
時、既に遅し、、

淡々と書くことの意義の方が、大きいか?

bunnkeinotameno

『文系のための「Web2.0」入門』 小川 浩著 青春出版
『文系のための』に飛びつきました。
アンに
「API、UI、HTML、Ajax、Solaris等」解らん、アンタ向き!
といわれているようです。

前半部分は、やたら用語が多く、記憶するべきか気になりました。(実際、頭に叩き込みましたが、、何年ぶりかにマーカー引いて学生気分)

ところが、題名のとおりの文章が、、
『インタネットあるいはウェブの登場時には、多くの人がその存在意義や仕組みを理解しようと、(中略)ブラウザーの普及やポータルサイトの登場を経て、ウェブの活用自体が一般的になってくると、ウエブがどのような構造をしているかを気にする人は少なくなった。』

『「Web2.0」が何かということよりも、Web2.0的なビジネスモデルやテクノロジーの活用方法を考える時期が来ている』

著者は、『ブラックボックス化するウェブ』でいいのだと云う。電子レンジがなぜ温めてくれるのか?を考えるよりも、電子レンジを使った料理を考える事だと、いいたいようです。

この本も、「グーグル」を尊敬し、一方で脅威を感じています。

マイクロソフトが、パソコン内にソフトをインストールさせることを商売としてきたが(OS中心)、グーグルはその向こう側、対岸で検索エンジンを中心に利用されるのを待っていた。

ヤフーがインターネットの入り口である「ポータルサイト」に躍起になっているときに、グーグルは「検索キーワードと検索結果の整合性」を求めていた。

今日、『プラットフォームはウェブそのもの』であるから「検索エンジン」の価値が最も高い。(OSよりポータルサイトより)

そして、世界中の、ウエブサイト全体の内容をつかんだ者が勝者になるという自信、確信をグーグルは持っていた。

欲しい情報を的確に抽出してくれる検索エンジン。便利さの反面それを利用すると、自分のデーターを残すことにもなります。

さーどうなりますかね?
ニュートンの予言より、この先10年後のネット社会に興味がわきますね。
グーグルが代金決済システムを構築したら、いいか悪いかは別にして、すごい社会が存在しています。
posted by 社長 at 17:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 読後の感想

2007年06月17日

千年、働いてきました

sennnenn

『千年、働いてきました』野村 進著 角川書店

メデイアによく取り上げられる本だけあって、
実に面白かったです。

世界と比較して日本にやたら老舗が多いという事より
(他のアジアが「商人」であるのに対して、日本は「職人」)
ここに登場する企業のすばらしさに感動します。

本業とは何ぞや!
ということに戻るのかな?と思いました。

老舗製造業五つの共通項
『同族経営は多いが、血族にこだわらない。嫁婿、外部から』
『時代の変化にしなやか』
『時代に対応した製品を生み出しつつも、創業以来の家業の部分は、頑固に守り抜いている』
『それぞれの分をわきまえている』
『「町人の正義」を実践。公正と信頼を取引の基盤に据えている』

みなさん、どう思われますか。
実に、日本的ですよね。この日本的であることが、日本にあっているという当たり前のこと。

「企業は生き物」で「社風は性格」なんですよね。
経営者の気質が、そのまま社風になっている事が多いです。
けれど、
会社は、総力。全社一丸。
そんな事思いました。



気になった言葉で『脅迫的な先鋭化』というのが出てきます。
あえて言うなら『時代(時流)による脅迫的な先鋭化』
本文より『時の試練は、老舗に、時代を超えて生き残る柔軟性を
もたらしてきた反面で、時代との共犯関係を結ぶようにも仕掛けてきたのだった』

人の欲望が、便利さや快適さを越して、自分だけの満足・優越感それらをどこまでも追求し、しまいにはクローン人間までいってしまいそう。それが産業になっては、危険。何のための、基礎技術なのか。

何でも、出来そうな時代だけに
先ほどの『町人の正義』を大切にしたいものです。
posted by 社長 at 23:30| Comment(0) | TrackBack(2) | 読後の感想

2007年06月11日

チョット過激な「カネと野望のインターネット10年史」

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『カネと野望のインターネット10年史』 井上トシユキ著 扶桑社新書

ネットビジネスの10年史
著者は、週刊誌「SPA」で「ホリエモン」を世に広めた一人であります。

「SPA」はいろいろやりますね。
(「SPA」へいっても、戻ってきてください!「SPA」は濃い!!)
小林よしのりの「戦争論」も「SPA」でしたか?。あれは「SAPIO」(小学館)でした。

この本を単に10年史と思って、買いましたが、、
裏の話が多くて、チョット期待はずれ。
しかし、読んで損はない。
「企業家」と「投資家」の戦いは、サイバーエージェントの藤田晋著『渋谷ではたらく社長の告白』とダブります。
   興味ある方は、藤田社長のブログをどうぞ

若手企業家は、つくられている部分があるんでは?育てられているというより、、なんかこう〜人物が投機品みたいな、、先物市場品みたいな、、
時あたかも、訪問介護大手「コムスン」と親会社の「グッドウィル・グループ」(GWG)で大騒ぎ。折口社長です。この人を再度、学習すると面白い。
前回、賛否両論のある「ウィキペディア」を擁護する本を紹介しましたが(『フュ−チャリスト宣言』)
今日現在の、その書き込み百科事典の「折口社長」は、どうかかれているか?ご覧下さい!


いかがですか?
書き込み百科事典「ウィキペデイア」の凄さというべきか?恐ろしさというべきか。
時代ですよね。このようなネット社会が、ソフトを作るという綺麗な仕事だけでは、成立しません。
企業人・投資家も入れた中で成立します。

読み終えて、なんだか「ため息」が漏れてしまいました。
posted by 社長 at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後の感想