2007年03月23日

退職知らせのハガキ

退職知らせ

元上司の「退職の挨拶」のハガキが届きました。
退職・転勤の季節ですね。

大学を出て、飛び込んだ会社は年商では業界七位。

ハガキを頂いたI 課長は直属の上司。

組織のピラミッド、S常務・M次長・I 課長ともに中央大学卒。
社学歴というものを知りました。

楽しい時代でした。
企画品の販売では、みんなで日本一の売上げを平然と達成していました。
仕事に自信があった20代。

I 課長は、悲壮感がなく、「何とかなるんだろう?。な?」といった感じで、
私としては「はい、何とかやれる数字でしょう」と。
言うたら、やるしかない。気力と体力だけは人一倍。ついでに愛嬌も。

会社は、金沢のド真ん中。
なんだかんだで、飲み会も多かった。
この会社の宴会は、すごかった。数々の伝説があります。

I 課長、私の結婚披露宴にも出ていただいたのですが
両家の親戚の女性たちが
「男前やね〜」と、、

私なんかより、はるかに大人で、紳士的で押えが利く方でした。
「落ち着きを学ぶ」事が出来れば良かったのですが
こればかりはどうも無理でした。(両親がジッとしていない性格なので)


人は、生かされています。
雨の日も晴れの日も
死ぬ時まで、生かされています。

出会いが在って、別れがあって、
忘れて、思い出して、、、

振り返ったら、「何」が残っていたら
いいのだろうか?
「喜・楽」の思い出?
「哀・難」を越えたこと?


自分も仕事を離れたら、何を感じるのだろうか。

Iさんご苦労様でした。
幸多かれと祈っています。
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2006年11月23日

経済学の重鎮フリードマンの死去。学生時代、苦労しました。

フリードマン
フリードマン「マネタリスト」 
ケインズ 「ケインジアン」 

学生時代、コレで苦労した方、多いと思います。

フリードマン氏がなくなりました。
レーガン政権・サッチャー政権では指導的立場であり、所謂「シカゴ学派(シカゴ大学の学者)」の中心的人物というより、そのもの。
ケインズをケチョンケチョンにした人です。

 古典派経済学と呼ばれる人達は貨幣数量説でインフレ等を分析していました。気楽と言っては失礼ですが、市場は勝手に需要と供給の交点を探り、完全雇用へと導くと、、しかし、経済は世界大戦や急成長で、難解な時代へ。
 そこに、ケインズ登場。

 ケインズの「一般理論」  経済は完全雇用を絶対に達成するとは、いえない。政府は、それを補完すべきだ。コレがケインズ。しかし、インフレが激しくなって、どうも説明がつかない、、、フリードマン登場。

 恐ろしいのは、大学の伝統。
今でもそうですよね、大学の校風ってありますよね。
彼は、シカゴ大学に赴任する。シカゴ大学は、「自由市場は、効率的に作用し、政府の介入を必要とさせない」と信じる大学だったようです。

フリードマンは「貨幣数量説の現代版を考えた」コレこそが、マネタリストと言われる、マネーサプライ重視の人々の出現になる。

早い話が、政府が財政投資など介入するから、経済がヤヤコシクなる。通貨の供給量だけ見ていればいいのだ!あほ!と言う考え。(乱暴な説明でしたゴメンナサイ)

これで、ノーベル賞です。名著「選択の自由」

ちなみに、このマネタリストたちは、今、ピンチです。何で?
他でもない、日本のバブル崩壊が、学説の矛盾を露呈させました。他にも、レーガンノミックスの失敗。(減税政策の失敗ともいえるのかナ)

しかし、マネーサプライは無視できません。ケインズもフリードマンもどちらかが一方的に勝てる経済ではなく、まだ、経済学は混沌としています。
グローバルな経済は、一国家の経済政策を無視して動くようです。

難しい話は、ここまで。

ケインズ

学生時代の課題図書。
「雇用・利子および貨幣の一般理論」
先生に買え!と言われて、貧乏学生たちは古本屋へ。賢い先輩の赤鉛筆ライン入りを求めて、、、
コレに限らず、私は古本屋第一主義でした。

さすが、古本屋の親父たち。需要と供給を理解しています。
背表紙に定価600円と、、、店の売値「2800円」
「おっちゃん!古本だぞ!高い!」
「昭和16年 第一版で、これは昭和36年第21版モノ。今55年だぞ!本当に古本だぞ!」

 と言っても、何を言っても無視されたのを覚えています。
ちなみに、今も私の本棚に思い出の一冊として君臨しています。
日米開戦の年にこのような経済学書が出ていたことにも、驚きます。

誰がケインズを

今から16年前出た本です。
ケインズは毒殺されたわけではありません。
経済学説的に殺された、、、否定されたけれど、、、誰が否定したのか、、
犯人、、、フリードマン、、マネタリスト、、、けれどケインズは生き返ってきたと言う内容、、『誰がケインズを殺したか』斉藤精一郎訳 W・カール・ビブン著 日本経済新聞社

経済書をたまにはどうですか?



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2006年08月19日

北陸先端大へ、子供たちを連れて行くのだ。たとえ、前例がなくても、、、公民館長の職務だ!

先端大へ子供らを、、

 わが町の小学6年生を連れて北陸先端科学技術大学院大学、通称北陸先端大へ行こう。と思って、、、

 大学。センター長・広報室長は好意的。
 
 市役所。生涯学習課・企画情報室・前例がないので市のバスは出せないとの事。「バスの規約が、、、」実に面白い事を言う。「市と大学との協定書には」いいこといっぱい書いてあるのだが、、

 で、育友会の保護者に車を出してもらい、決行。

先端大クリーンルーム

 良かったです。子供たちもご父兄も、「雰囲気が良かった。体験した!」と言ってくれました。大学も「小学6年生は行儀がいい。父兄と同伴だから、話を聞いてくれる」と。何年かぶりの小学生の訪問にも、好感触だったようです。

 NTTも見学しました。好評でした。(kさん毎度毎度一方的なおねがいばかり、ごめんなさい)

 子ども達の知的好奇心を刺激する
 私ども、サイエンスパーク内の大学・企業の使命だと思っています。
 市長さん・教育長さんが理解していても、市役所の職員さんが先端大に入ったこともないのではと、思えるぐらいの見識と見解では、、、

 子ども達の好奇心・親達の子供への熱い心・大学・NTTの地域貢献への努力・新聞社のご厚意その中で、市は何を考えていたのか。合併して、スピードが落ちるばかり、、と嘆く人もいますが、ここは、頑張って!

 見守ること(子供たちを犯罪者の手に掛からないよう巡回する)も大切だが、挨拶を教えたり教育の場を持ったりする、教え育てる事の方がもっと大切だと思う。

 この市から、先端大を卒業して、地元企業に就職して企業の中心となって欲しい。そう思います。

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2006年08月12日

NHKの思い出のメロディーの歌構成が毎年自分の世代に近づいてきているので、、年だなと思う

同棲時代

NHK『思い出のメロディー』今年は、「シモンズ・恋人もいないのに(視聴)」「リリーズ・好きよキャプテン」とかがあって、懐かしかった。団塊の世代の一回り下が、我ら浩宮様(皇太子)世代であります。浩宮様は柏原よしえのファンでありまして、彼女が思い出のメロディーに毎年出る様になるのも近いと思う。

 しかし、「歌詞の字幕」が出るようになって、改めて昔の歌の歌詞を見ると、「純」で「せつなくて」どう言ったらいいのか。
その一方で「ウララ、ウララ、ウララで、、」も在るし、、、

「同棲時代」なんちゅう言葉も出てきてたし、、、
私は、同棲するようなタイプでもなく(意外と何でも出来る。掃除・炊事・洗濯は女性並み・何人かに「女必要ねぇな!」と言われていた。バイトでお金は稼ぐし、彼女は居たが、距離を保持していたし)生活のために同棲するのではなく←それはお手伝いさん・・男と女の関係の一様式と云う方向でも、周りに男友達がいて、それどころではなかった。だから、大学時代「神田川」の曲のように二人で銭湯行くこともなかった。社会人になってあったかな、、、周りを見て、、、妻不在。

 テレビや歌の歌詞に憧れたら、大変。それに近いことはあっても、自分から、憧れでやっちゃたらただのおバカ。意外とそんなバカも居たような、、

 兎に角、四半世紀前の歌は十分に『思い出のメロディー』なのだ。
懐かしさをばねに、明日を生きるのだ。妻を愛するのだ!子供を愛するのだ!と言っておこう。

 でも、山本リンダは年が行くにつれて、歌も踊りもうまくなるのはなぜ?
 

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2006年07月20日

キャンディーズは青春なのだ、でも直接的ではない。

   キャンディーズ

 ついこの前、衛星第二で、「キャンディーズ」のコンサートを放送していました。

 大学受験で疲れていた私は、滑り止めの大学だけ合格し、悩んでいた時聴いた曲が「迷い道」渡辺真知子。(本当に、迷っているんだぞ!と)
 大学入学後知り合った友人が、キャンディーズの大ファンで、入学式前に「後楽園スタジアム さよならコンサート」を見てきたと云うのだ。田舎モノの私にすれば、当時本物のキャンディーズと後楽園スタジアムの豪華二本立てに恐れ慄き、、、わが身の「田舎モンさ」に絶句しました、、、

   キャンディーズ2 

 しかし、話を聞けば、「ランちゃん」のファンとのこと。そっくりな子が高校の同級生でしかも、同じ陸上部で、尚且つ脱いだトレーニングシャツをゴールまで持って行った事があると語たったら、、、写真を見せろと、、、、

 ちなみに、女子陸上部は、マネージャーも選手も可愛い人が多く、他校からは垂涎の的でした。しかし、あまりにも近すぎて、、、、と言いつつ私は、その時のマネージャーを現在妻としています。ハイ!可愛かったです。他校に獲られるくらいならの決断の下に、、、しかし今は、、、でも綺麗で可愛くて、面影十分!、、まるで後で検閲があるみたいと気づいた方、、あなたは偉い、、、いや!心配性。、、古畑任三郎、、、、(どっちなんだ!)

 本日は、軽いノリで申し訳ありません。

 
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2006年04月23日

ブログを引越ししました。

ブログを引越ししました。こちらに遊びに来て下さい。

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2006年03月22日

やっぱり、当然、

高橋尚子
やっぱり、高橋尚子は速かった


金沢ロードレース。急遽、監察員をやることになって、朝5時に起床しました。道を封鎖し、走ってもらうが、例年交通規制を知らないドライバーが「通せ!」と怒鳴り散らすところを、不幸にも担当してしまいました。赤と白の旗二本で自動車を止め、ユーターンさせる仕事。もって生まれた営業力と人慣っつこさで、怒鳴られること無く皆様にユーターンして頂きました。この前も、三重の国道163号で同じことをしたけど、才能を感じるぐらいウマイ。交通整理の達人ではないかと、思う。妻にそれを話したら、「それがどうしたの?謝るのうまいもんネ」ほめられたのか、馬鹿にされたのか、、、


 高橋尚子は、「みなさん、頑張って〜」と言いながら、風のように飛んでいきました。気さくな方だったようです。私は、他の監察員が終わっている時、まだ交通整理と封鎖解除を手伝っていました。だから、高橋尚子の姿を見たのは、目の前の一陣の風のような時だけです。その上、回収バスに乗れなくて、走って競技場まで、戻りました。最近、走ったことが無く、バタバタでした。「君は本当に優勝経験者か?」と知人に笑われましたが、返す言葉も無く、、、「飲み物下さい、、」  


 

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2006年03月18日

チョッとお疲れ

ぺデイウム
疲れたー


 今週は、忙しかった。体の疲れがなかなかとれない。今も、ボーっとしている。ひょっとしたら、生体反応してねんじゃないか?と思われるぐらい。


 明日は、市民マラソン大会のお手伝いのため、5時起床。高橋尚子が来るから、参加者が多いということもないであろうが、、、兎に角人手が不足してるから、手伝え!との事。軽く引き受けてしまったが、今は、気が重い。


 昔、ちょこっと走っていました。(今は、二百m走れないのではないか?と思います。)現役で走っている人が、係員をすれば出場できないから、私らみたいな引退組みが、係員になるしかないのか。

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2006年01月31日

仕事探しシェルパ会議

仕事探し30日「仕事探しシェルパ会議」があった。


若者たちをどう就職させたら良いかの会議。フリーターやニートに対して、どうしたら就職していただけるのか?の会議。仕事が好きになるように!?就職はいいな!と思っていただくための会議。


なんと過保護な、なんと甘い会議、(蜜の味はしませんが)だけど、真剣なんです。私にしたら、「親は何をしてるんじゃ!」と言いたいのだが、そうはいかない。今のご時世、人は傷つきやすくもろい。助ける時は、みんなでチョットづつ損して助けましょう。『父は義、母は慈、兄は勇、弟は恭、子は孝にして、内らかにして外れり』平成元号のモト(春秋礼記だったかな?)家を良くし、周りを良くすれば、地域が良くなり、それが国を良くする。と、私も思います。不惑の年は随分前に越してますが、やっと不惑を知りつつあるおっちゃんの思いです、耳順とかはとてもとても無理


今年は、若者にやる気を与えるぞ!と、、、

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2006年01月17日

カビの話

パレドールのケーキおいしそうなケーキは、はやく食べましょう。


昨日、カビの講座があったので、聴いてきました。


カビの種類約6万種  土壌:10の5乗〜10の7乗/g


空気:10の2乗〜10の6乗/m3  水:10/m3〜


20℃〜25℃、湿度80%以上がカビの世界では最適と、決め付けられないそうです。菌は、2⇒4⇒8⇒16と2分裂して増殖しますが、カビは細胞外酵素を出し、外のもを分解し、自由水に身を浸しているので、それを通じて栄養を体内に入れて成長し(菌糸を伸ばし)、胞子を作りながら成長しているそうな、、カビの胃袋は自分を浸している水分(自由水)という事です。たとえばパン。水分ありますよね。それは結合水と自由水に分かれます。その自由水が、問題なのです。乾燥させればカビが生えにくいのは、自由水が少ないからだそうです。


 Aspergillus(コウジカビ)約180種類 有益性な物=味噌、しょうゆ、清酒、鰹節等の食品製造 有害性な物=肺炎コウジカビ


 Penicillium(アオカビ)約200種類 有益性=チーズ。抗生物質ペニシリン 


後は、「ホモとヘテロ」とか、なんだかんだでいっぱい聴きました。カビは面白いと思いました。


 この講座の先生は、衛生微生物研究センターの李先生でした。顕微鏡で観るカビの世界の美しさに引かれたそうです。きっかけが、チョット異常かと思われた方、映像を見るとミクロの世界のお花畑という感じだったので、今度機会があったら、受講してみてください。


 カビの浮遊を含めた、カビ対策の1つとして『光触媒』は、効果絶大と確信しました


 それでケーキ。このケーキはパレドールさんの商品です。実にうまい!!ここの店の品はどれも甘すぎないので、男の人でも2個はいけます。

posted by 社長 at 19:34| Comment(1) | 自分のこと

2006年01月08日

白と青

神社の青空で、参道の除雪をしている自分の姿を見て、「こりゃ、やらねばならない」と思い、単純な私は、参道の階段上を目指して、始めました。三が日以降、除雪されていないようで、人一人分の道がちょっとあるだけ。
 曇天の下始めましたが、途中あとどの位と思って見上げたら、青空。カメラを取りに家へ。 探していた白と青。目指す本殿上空の青空。


この作業の褒美は、この白と青。


 嫁さんに話したら、「ここ掘れワンワンみたいなお告げか夢を見てね。」と言われた。因みに、夢で行動を起こしたことは、初めて。(決して変人や右翼ではありません。右翼は除雪すらしないか?)


 午後、次期町の公民館館長になるので準備会を開いた。400軒から18名を任命し2年間するのだが、正直、気が重い。年齢からいって、10年は早い。他に適任者がいるだろうと断ったが、だんだんマインドコントロールされ、受けますと言ってしまったのが、先月中旬。役は人をそれなりに育てると言うなら、自分のためにもなるか?


 自分の考えを皆さんに伝えたけれど、初対面の方が多く伝わったかは、大いなる疑問。今後公民館長の奮闘もフログになるのか?いやいや、アインシュタイン大先生の件もあるし、、、うまく分けてするか


 『参道を仰ぎ青空淑気かな』(淑気=新春の瑞祥の気が満ちてること)自作です


 


 


 

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2006年01月07日

七草粥

ラボ内七草粥を有名料亭がつくっていたけど


テレビニュースとして有名料亭が、神社で七草粥を作ってもてなしている映像があった。もっともらしく、菜をまな板の上で、叩いて鍋に入れていた。


違うよね。菜は六日の晩に「七種なずな唐土の鳥が日本の土地に、、、、」と言ってはやすのが本当。だから、今日叩くのではない。


 インタビューでもっともらしく答えていたけど、俳句や和歌・歴史・郷土史が好きな方は、違和感を感じていたと思う。叩くことによって、伝統後継者であることを認知させたかったのだろうか、もう少し調べてほしかった。いっそ叩かないほうが、良かったのでは、、、


 『七草にさらに嫁菜を加へけり』(虚子) この庶民感覚のほうが、気持ちいいですね。(嫁菜=野菊の種類)


 さてさて、写真はクリエイトラボの中の様子です。掃除のおばさんの御蔭で、いつも綺麗です。


 


 



 

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2006年01月05日

よく降るねぇ

 南国                 それにしても、本当によく降る


石川県は今のところ、たいした事にはなっていないが、今年は、すごい。地面の雪が消えることが無い。気象庁の長期予報は、「平年並み」から、「寒い冬」に変更したくらいだから、覚悟がいる。


元旦のあの青空はなんだったんだろう。


せめて、このページくらいは明るい写真をと思い、商品「南国」を載せました。


勿論、これからが雪本番。


今日は、ここまで。はやく帰ろう。

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2006年01月04日

夢の原点

松井わが市の広報誌新年号の表紙は、松井秀喜


市の財政が潤沢で、多大なギャラを支払えるからではなく、松井秀喜の出身地であるから。『夢の原点は、ここにある』と表紙に書かれている。


『夢』、小学生の時の夢、中学・高校・20代・30、、だんだん夢が大きくなる人もいるし、萎んでいく人もいる。そのことが人のすべてではない。だが、夢を掴んだ人には、「純」な心で拍手を送りたいし、「梵天丸もかくありたい」と学びたいものだ。「嫉(ねた)めば、人は何かを逃す」


  でも、『今の自分の夢、その原点はどこにあるのだ?』そんな事を思う。場所のこと、時間のこと、心のこと、原点は?花屋になりたかった人には、憧れの花屋が実在したのかもしれないし、店員かも、母の生ける姿、綺麗な花壇、失恋した時、向日葵がうな垂れていて、自分と重なって、、、(お前やろ! 違います、ちがいますって![友人に言われる前に書く])  ひょっとしたら、強烈な原点の方が実現するのか。野口英世のように。しかし、松井秀喜は、田んぼで草野球をしていただけである。恐るべきは、心の持ちよう。結論、「原点を探すより、とっとと努力精進せよ」  (すいません酒が残ってます。徳利の中ではなく、体の中に、、)   


 昨日、「新年互礼会」があった。大変仲良く、親戚づきあいさせて頂いている社長さんと久しぶりにお話ができた。今、新工場を建設中ではあるが、10年後また新しく用地を購入し、工場を建てたいと言っていた。ここの家族の皆さん、実に前向きで、努力家で、しかも明るい。「運」を呼び込んでいる方々という感じである。たまに「運気」をもらいにおじゃましますが、「運」は、インフルエンザみたいに簡単には、移らないようで、、、。でも、なぜか前向きな自分になって帰れるから不思議。


 松井秀喜やこの家族のように「前向きに、明るく、努力を継続できる心」が大切なんだろうと、しみじみ思った昨日、三日でした。



 

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2006年01月02日

あらたまの

しめ飾りあらたまの
あらたまの年=新年。あらたまは、掘ったばかりの、まだ磨かれていない玉のこと、、、昔の人は、うまいことを云うものだ。懸命に磨いて良い年にしよう、したいものだ、と思ってのことだろう。


『あたらしき年の初めの初春の 今日降る雪のいや重(し)げ寿詞(よごと)』(万葉集)   さすが家持、気高いし綺麗な前半の五七五、後半の七七は、重厚感。好きやなぁー。(ちなみに「近松門左衛門」「夏目漱石」「井上靖」「京極夏彦」「西行」「額田王」が好き)


『年踏て 越の白山 明けにけり』(淡々)地元の白山の事。823年加賀の国建国前は、越の国の一部だったから、、


 さて、我家の〆飾り、従姉妹の作品です。大変器用な方で、お花・日舞は勿論、たいがいの事は人並み以上に出来る。


二日は、書初め・縫初め・初湯など生活行事が始まる日。『元旦はウレシ、二日は面白し』と』云われる所以。


元旦にリセットし、二日で楽しい活動を始め、さて明日三日は、、

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2006年01月01日

謹賀新年

神社謹賀新年


年明けを村氏神様で迎えました。わが町の神社は、小山の上にあります。多くの樹木が、鎮守の森を形成しています。


子供の頃、たいがいの子は神社で遊んでいましたが、建物の中には誰も一人では入れませんでした。「バチあたるぞ!」友達の一語で足がすくみました。神社だけではなく何にでも、神様(どの神様と云うことなく)が宿って、あるいは見ていて、悪い事をしたら「バチがあたる」と、自分達で自制していたのかもしれません。


 「勉強しなかったらバチあたるぞ」と云う親もいました。うちの親は「かてもんにせんだら、バチあたるぞ(いい子にしていないとの意)」。便利な言葉。現代なら「携帯取り上げるぞー」レベルの恐喝。そこには、説明も論理も何もない。八百万の神が居て、悪さを許さんという事だけ。それを受け入れてしまう子供と環境。いい時代だったと思う。


話を、神社に。  自分が生きているここに神社が在る事、それが神社と私の縁。「縁」は大切です。人同士の縁。住んでる地区の人・土地との縁。職場での縁。自分の周囲の人やものすべてが、縁あってのものです。縁のひとつである神社は「縁」を考えさせてくれます。


晴天の元旦です。大きく深呼吸し、今年一年の繁盛と無事を祈ります。


あんちゃん、真美さん、悟クン。冬さん、角さん、ご縁ある方々、『いい年にしようね。頑張るから、、、』

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2005年12月30日

白と緑

我が家の庭晦日です。三十日なのでみそか。月の三十番目の日。「こつごもり(小晦日)」とも云いますよね。


勿論、明日は、大晦日


『漱石が来て虚子が来て大三十日』と正岡子規が詠んでます。さすが、来る人が違う。一方で『誰も来ず暮れてしまひぬ小晦日』(村山古郷)もある。


 そして、私は。父親の頼みで一緒に有名なカキモチを買いに行き、購入金額が525円で、「それじゃ車で来た甲斐がない、もっと買え!買うべきや!親父買おうよ、、」


  次に、人様に呼び出され、明日の会合が決まり(大晦日でも会合かい!でもしょうがないナ)、友人から年賀状の印刷を頼まれ(パソコンの修理が間に合わなかったらしい)、嫁さんと買物に行き、、、今に至る。こりゃ忙しい。


ふと庭を見たら、奥のモチノキの下、コケが見えていた。白と緑。



 

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2005年12月23日

12月といえば その2

クリスマスツリー12月といえば、もちろんクリスマス。
学生時代、この時期は、宴会場でのバイト。夕方5時から深夜2時まで。時給850円。自転車通い。


クリスマスの日、信号待ちをしていたら、時々見かける水商売の女性が、子供の手を引き「今日はクリスマスだから、いい子にしていたらプレゼントもらえるよ。ママなるべく早く迎えに行くから、、」と。夜中バイト帰り逢った。子供を抱えタクシーに乗るところ、、、涙が出た。なぜか涙が出た。世の中クリスマスの賑わいも落ち着いた時間、今から始まる小さな家族のささやかなクリスマスを勝手に想像して、、


 街の明かりが少なくなった深夜でも、いろんな生活がある。みんな頑張ってるな。そう想いたかった。部屋に戻ったらFMからクリスマスソングが。また、淋しくなった。   社会人になって、最初のクリスマス、夜8時から9時半まで彼女とささやかなクリスマス。原付バイクに彼女を乗せて送る。「ねぇ、楽しいね」と彼女。ほんと、ちっぽけな事が楽しかった。    ちなみに、幸いにもその彼女が今の嫁サン(じゃないととても書けないし、当然本人であったかを確認、でないと、、ややこしいことになるよね、、)


写真は石川ハイテク交流センターに置いた当社のツリー。実物は、ブルーの灯りが点り大人の雰囲気を出しているんですが、、、

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2005年12月19日

12月といえば

マラソン12月といえば、ホノルルマラソンです。1981年に、無謀にも出場し、死ぬ思いをした。「走れメロス」じゃあるまいし、苦しくなれば自己制御装置が働き、足は勝手に止まり水を欲しがるであろう、何とかなるだろうと思っていた。しかし、頑張ってしまうのである。感動的なスタート・ホテル街の全灯点灯による夜景・朝日の中の疾走・心地よく思えたのは、ダイヤモンドヘッド辺りまで。ここからは,暑さによる疲労との戦い。11月に250km走っただけで出場した自分が、アホに思えた。途中2kmは歩き、必死にゴール。3時間17分。地獄は更に続く。ゴールした途端、水とコークのサービス。何を血迷ったか、貧乏学生の哀しい性か、無料のコークを飲むは飲むは、吐き気するほど飲んでしまった。気分が悪くなり、ここで吐いたら、日本男児の沽券にかかわる、真珠湾奇襲を行なった英霊に申し訳がたたない。足を引き攣りホテルの部屋へ。後は便器を抱え吐きまくったら、涙が出てきた。完走の喜びと、吐く苦しさと情けなさで。そして、便器を抱えたまま寝込んだ。2時間ぐらい寝入ったら、元気が出た。ホノルルで知り合った友人のゴールを観に戻った。芝生の上に、人が大勢寝込んでいた。バーベキューをしている強靭な胃袋を持ったランナーもいる。みんな話し掛けてくる。7.500人のランナーはお互いを称えあった。まだ日本人参加者がそんなに多くない頃でした。参加より完走・ついでに限界までを目指す人が多かった頃です。
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