2012年10月11日

九谷焼作家武田朋己さんはいいですね。

武田朋己.JPG

九谷焼の若手作家武田朋己さんの作品が気に入りました。
色が綺麗で、図柄も斬新でありながら、どこか郷愁を感じます。
武田朋己さんの陶暦です。
2008年「ビアマグランカイ7」入選
    石川の現代工芸展 NHK金沢局長賞
    金沢碗わん大賞 入選
    石川県立九谷焼技術研修所 本科 卒業
2009年 石川の現代工芸展 2点入選
    石川県立九谷焼技術研修所 研究科 卒業
2010年 松屋銀座「金沢からのお正月」
    松屋銀座「日本のかたち」
2011年 松屋銀座「卵かけご飯のススメ!」
    ギャラリー汐花「初春展」
    松屋銀座「卵かけご飯のススメ!」個展
    ギャラリー汐花「あたらしいくらしの風」
2012年 新宿高島屋「ノスタルジーナ」陶展

武田朋己さんは、九谷焼の世界に飛び出したばかりの若手ですが
センスがいいと思います。
マグカップも皿類もどれも身近に置きたい品です。
使うと言うより視界に入れておきたい色・図柄です。
お気に入りになる品です。

武田朋己さんは実に「明るい」お方です。
声の色が明るいのが、非常に接していて気持ちいいです。
それが、作品に反映されていると思います。
いつか商業ベースに乗って、飛び出してくると思います。

皆さんも何かの機会がありましたら
武田朋己さんの作品をお手元に。

2006年12月27日

株式会社M

山本さん

昨日の新聞に「あっ!Yさん」
北陸先端科学技術大学院大学のT教授の横にしっかりと、、

ハンディタイプの「元素分析器」を開発したと掲載されていた。
何に使うかというと、有害物質濃度を測定するらしい。
それも、簡単に、安く。

そして、今日、レストランで会いました。
「新聞の反響は?」
「全国紙にも載ったのであります、、、」

良かった、良かった。
この株式会社M も伸びます。

Yさんは、実にいい方です。
さすが、と言うべきか、やっぱりと言うべきか、、
「東京大学卒」です。
  (皆さん安心して、この株式会社マイクロエミッションの製品を利用してください。)

私は、「絶対に学歴詐称や、東大のイメージと違う!」と初対面の時から本人に向かって叫んでいます。学者肌ナンですが、それ以上に、、どう表現したらいいのか、、すごく前向きで、、ともかく活動的な東大OBです。

「儲け始めたら、言ってね。増資手伝うから、、」と本気で言ってる私ですが、本当にスゴイモノを作りそうです。

知が高度に発達したから、モノづくりでも、価値創造タイプのモノは、創出するのも大変で、複雑化しています。

中国の安価な労働力に対抗する為にも、このイノベーションは必要なのかも知れない。人口が減るのに、まだいろいろ建設しようとする行政にもいろんな理由があるのだろうが、ここはひとつ考えどころ。夕張市みたいにならないように、何が未来を開くのか考えて欲しい。死守すべきは、経済大国より技術大国ではないか、、


2006年11月19日

炭焼きの達人 能美市 安田宏三

炭焼き安田さん 安田釜の火
最近、NHKを観ていたら、
私の炭焼きの先生が、出ていました。
「熊と戦って勝ったか、はたまた熊と同棲した」そのようなニュースかと思いました。
なんと、「能美市 安田宏三さんに里山を聞く」みたいな特集でした。
さすが、大先生!
安田宏三氏は、自分で炭焼き窯を作って炭を生産しています。
里山保全的に言うと、自分で木を伐採して里山を作っています。
安田炭焼き釜 釜の神様

安田宏三氏にいろんなことを、教えてもらっています。
炭を焼く時に「神さんに・窯にお供えをする心」「木に感謝する心」ついでに、「木の文明論」

安田 もくす 炭焼き釜からの煙

安田宏三氏は、炭焼き職人であるから、もちろん「木酢」にも詳しい。写真はその原液、、、この前虫刺され用に頂きましたが、効果あり。

その「木酢」で意外なメーカーあり。
それは、『正露丸の大幸薬品』へえ〜そんな会社が、、、
そんな話をあれこれ、

安田宏三氏の仕事場は、心落ち着きます。
「藤本君、君はおもろい!」と言いますが、先生「貴方の方が、すごい」と煙の中で話します。カーデガンは、煙くさくなり、家に帰ると嫁さんが「炭焼き爺さん?」と、、、

炭焼きの秋

多忙な中で、安田宏三氏とひと時の自然談義、、、

安田宏三氏の炭焼き窯の周りもすっかり晩秋から初冬へ、、
「もう冬ですね?」
「ゆっくり、炭焼きの小屋の煙の中で、猫みたいにボーっとして、話すりゃエエ」
「安田さんは、それでいいけど私は、、、」
「なんや!藤本君はそんなに忙しいのか?」
「一応、社長なので、、」
「そのわりに、いつもくつろいでるな。」
山に生きる人のペースは、どこか子猫に似ています。

2006年10月14日

とあるところで、林あさみさんを見ました

ホテル百万石

林 あさみ

林 あさ美 さんを観ました。
ミニコンサートです。
歌がうまい!話し方が綺麗。顔はスキズキですが、私的には大変よかった。

 何でもそうですね。人は、出会えば分かるものです。接しればすきになるものです。大学時代「落合恵子、、通称レモンちゃん」の講演を聴いて本屋へ走りました。

 林あさ美。この歌手、結構いいです。何なんだろうか?いやみがない?からか、、青森出身から出る人間性なのか、、、いやみな自慢げな横暴な歌手とは、ちょっと違う林あさ美でした。

2006年10月12日

かんこ踊り 白峰民謡保存会 惚れました

かんこ踊り  かんこ踊り2

 第五十八回石川県公民館大会で
    かんこ踊り を観ました。


白峰民謡保存会、小さい村なのに偉い!
 若い男女が踊っています。
 こりゃ感動モンですわ!!!
 品があて、勇ましく、どこか色っぽく、、
 謡もうまい。
 今まで見た中で最高です。

 かんこ踊り
 1300年前泰澄大師によって、白山が開山しましたが、下山しない大師の安否を気遣った農民がブナの原生林に分け入り、大師を見つけた際、喜びのあまり持っていた蚊遣火(かんこ)をふって踊りまわった歓喜の舞から由来するらしい。白山は白山神社のご神体なので、たぶん女性は巫女さんポクしているのかな?と思います。
 毎年7月中旬に行われる、泰澄大師が無事白山を開山したことを祝う「白山まつり」でこの「かんこ踊り」を披露しているとのこと。
 北陸や三重県に多いかんこ踊りは、「かんこ(羯鼓)」と呼ばれる太鼓を下げ、両手のバチで打ち鳴らしながら踊る民俗芸能らしいが、ここでは蚊遣火(かんこ)から来ている。けど太鼓はいわゆるカンコ。
 男は「かんこ」太鼓を打ちながらで踊り、女性は「かんこ」を振り回しているような形で、白山なので巫女らしくして扇を振り回す、、、ダブル「かんこ」で完成。って感じです。
国指定選択無形民族文化財・県指定無形民族文化財であります。

 男も、太鼓のリズムがいいし動きに品がある。シャッキとしている。女は巫女さんみたいでありながら、機敏で扇の動きが美しい。踊り手の女の子、うちの息子の嫁にしたい位です。

 白峰民謡保存会の「かんこ踊り」は観る側も、背筋がシャンとするくらいの、荘厳さというか品というか、、、霊峰白山の神聖な空気みたいなものを感じます。

 他のかんこ踊りとは明らかに違う。

 機会があったらまた見たい!!

2006年09月03日

前田 昌 写真集「嘆きの軌跡 アンコールワット」をただで持ち帰った!

前田 昌 写真集

 用事があって福祉会館に。写真展開催中。受付に「ご自由にお持ち帰りください」の文字、、、、、手に取ると、、、

 『嘆きの軌跡 アンコール・ワット』 前田 昌  
 直ぐ奥付を見るのが、司書の悪いところ、、
 「発行 2006年8月1日 撮影 前田 昌  制作・製版・印刷 マエダ製版株式会社

 納得!ひょっとしたら印刷会社の社長さんの作品。
 正真証明の「自主出版・自費出版」

 それにしても、紙もいいし、作品もいいし、、一枚ずつ切り離そうと思えば切り離せそうだし、、、持って帰ろう、、と云うことに、、、

前田 昌 写真集2

 確かにアンコール・ワット。廃墟ではあるが写真が綺麗だと、それに観光資源だから掃除が行き届いているのか、なぜか廃墟であることが美しい。

前田 昌 写真集3

 そして、このばあさん。いいです。

 写真は全部で24枚
 写真全体に感じられるのは、
 「確かに、ここに人は居た。足音が今も聞こえるぐらいの痕跡を残して立ち去った人と時間。そして、今、旅行者の前に悠然と廃墟をさらけ出す恐ろしい位の品格」

 前田 昌氏のレンズ越しの視線が、何を求めていたか分かりそうな写真集です。本棚に大切にしまっておこう、、、、

2006年08月03日

本多外子男作品展、どこかで見た風景だったので立ち止まってみた、、

  本多外子男遺作 白山

勿論、地元の作家なのでその作品の風景が、どこかこの辺りである事は間違いない。わからないだけに、気になる。

新聞によると
本多外子男氏は、能美市の寺井絵画クラブの初代会長を務めた方で、繊細で情熱的な作品を描かれたようである。本多外子男氏は本年2月に他界され、その遺作展を今回、能美市寺井社会福祉センターで開催しているとのこと。

私が観ているのは、遺作なのだ。

本多外子男遺作 バラ2  本多外子男遺作 コスモス2
 本多外子男遺作 コスモス  本多外子男遺作 バラ

 しかし、変な話で。生きている間は作品で、死んでしまったら遺作。それはそうなんだが、絵画自体は、生きている時と死んでしまった後でも、全く変わってはいない。作家本人がどうであろうと、作家が仕上げ終えて手を離した瞬間から、作品は作家と時空を共有しない。生前描いて、遺していった作品だから遺作。全部?遺作は死の直前の1枚だろう?
 などと、バカな事を思いつつ約30点鑑賞させていただきました。

 本多外子男氏の花の絵良かったです。バラはバラらしく情熱的で、コスモスは色がよかった。花の絵を見ていつも思うのは、誰かが活けたものを描くのか、自分で活けるのか?これだけ絵を描けば、花も活けられるのではないかと思った。

 才能ある人間は、違うなーといつも思う。

 当社のHPも、同じ。絵を描くのとよく似ている。こうすれば綺麗だとか、見やすいとか、そしてダビンチコードではないが、検索ロボット君に読んでいただけるよう、いろんな情報を入れ込んでいる。

 どうぞ当社の「光触媒フラワーショップ」をご覧下さい。

2006年07月15日

九谷焼作家 山崎裕理の才能は間もなく開花する。なぜか手に取りたくなる、、そんな作品。

九谷焼作家 山崎裕理の作品は、人から愛される。欲しくなる作品を生み出す力が、山崎裕理にはある。
   山崎裕理1   山崎裕理2

山崎裕理の陶歴
1979年金沢市生まれ。
1997年石川県県立工業高等学校 工芸科 陶芸コース卒業
1998年石川県九谷焼技術研修所 基礎コース 卒業
2000年石川県九谷焼技術研修所 専門コース 卒業
   その後、陶芸教室勤務
現在 九谷焼技術者自立支援工房第3工房にて作陶中

1999年第一回金沢わん・ONE大賞 入賞(以後4回入選)
2002年第58回金沢市工芸展 入選
   ビアマグランカイ4 入選
   第6回国際陶磁器展・美濃 審査委員特別賞受賞(共同作品)
2003年第59回金沢市工芸展 めいてつエムザ社長賞受賞
2005年愛知万博にて絵付実演
   第1回私の子供茶碗展 入選
2006年第62回金沢市工芸展 入選(4回目)

   山崎裕理3   山崎裕理 4

山崎裕理と出合ったのは、今年である。山崎裕理の作品を見たとき、「感じがいい」と思った。本来、陶器が持つべきモノが、山崎裕理の作品にはある。上品とか綺麗さではない、土から出る温かさとでも言うのか、、

山崎裕理の作品は、手に取ってみると驚く。カップを手にすると実に持ち易い。山崎裕理の女性としての感性が出ている。使いたいと思わせる力がある。

 山崎裕理の作品なら買っていいと思う。今でも、満足させるのに、この先何が作られるのか楽しみ。そして花器も見た。すごく良かった。彼女の才能は、誰かが世に出せば、確実に開花する。

   山崎裕理 5

 この、陶芸業界の不況下で、問屋が作家を育てられないのが残念だ。でも、山崎裕理は必ず売れる若手作家になる。

2006年07月09日

田中康典はここを踏破したのだ。私らが覗く事ができない世界を、闇と光の世界勿論、白銀の世界は、彼らのために微笑む

この絶景を見よ。人は神の世界を覗く時がある。それも限られた人々だけに マキンレー1

 田中康典氏は、何度も書くが登山家なのである。友人と呼ぶには失礼なのだ。「師匠」でもないが、(弟子と思われていない)「元上司」ではあるが、直属でもない、、、、まあ、そんなことはどうでも良い。
写真を見てください。

   マキンレー2   マキンレー3


   マキンレー4   マキンレー5

 デナリ山の写真が送られて着ました。
田中康典氏の顔も分かります。山男は、いいですね。自分は、マラソンに出たいがために、走っていましたが、ラグビーとか登山・剣道にあこがれていました。今も、あこがれて居ます。田中康典氏は、ある種、自由人です。うらやましい。だから余計に、あこがれます。

 心が疲れた時、自分は何をしたら一番心が安らぐのだろうか?47歳になっても、まだ見出していないのではないか。そのことが、人としてまだ、未完である理由かもしれない。その点、田中康典氏は、自分の世界を以前から持っていたように思う。私の、無鉄砲なくらいの仕事への取り組み方と違って、どこか余裕があったと思う。大学でたての自分に絶対ないものが、在ったし、その差も解かっていた。

 「行動」で何かを伝えてくれることは、「語って」伝えてくれるよりも、心を打つ時がある。経営者のまだ端くれではあるが、自分は「何」を社員に伝えて、どうしようとしているのか、真摯に考える時がある。それで、宗教の本を読む。でも、無宗教なのだ。まだ、悟るには程遠いし、決め付ける自分もいない。

 田中康典氏は、何を見たのだろう。何を感じたのだろう。
 

2006年07月05日

この男が、何を考えているのか、考えるだけ無駄。

中国
「わが国の指導者だけが、この男を指導できるのだ。この男は、わが国の言うことは聞くぞ」
 しかし、この男は、その指導者たちを無視、、、
 中国の立場がない、、この男にすれば、ただの隣国、、

韓国
「太陽政策」「優しく接すれば、いいのだ。話せば分かるいい男」
 しかし、竹島調査の日に、、タイミングの悪さこの上なし、、
 韓国、相手にもされてない、適当に付き合わされてた。この男にすれば、ただの線の向こうのエリア

亜米利加
「独立記念日の花火大会とスペースシャトル打ち上げ」その頃、湿った大きな花火が、この男からプレゼントされてきた。距離は届かないが、方向だけは○。
 亜米利加は、遊ばれた

そしてこの男は、チキンレースの最後尾であるが、喰らい付いた。脅しのカードは最後まで持つという喧嘩の常識を覆して、勝負に出た。『まだ「核」あるもんね』とでも言うのか、、、
国連安保理も計算済み、最後に6ヶ国協議に出て、「はい、はい、」と適当に返事し、食料とお金をもらう気なのか、、、



      テポドン親父

この男は、何を考えているのか と思う人が馬鹿。
何をしでかすかと云う予想もできない。結果がこの男そのもの



    光に満ちた

この海に、原爆が落ちたら、魚は食えない。
勿論、戦争の始まりだ。
中国より安い人件費だろう。企業も進出するぞ。平和にお金稼げよ。アイルランドみたいに、急激な国家の変貌もあるぞ。
 と、言っても聞こえないし、、、

2006年06月28日

登山家田中康典は心優しき冒険家

田中康典のデナリ   田中康典のデナリ2

デナリ山の写真、田中康典氏より

 田中康典氏は、いろいろすごい。
日本アルパインガイド協会理事であり、遭難対策委員であり、当然と言うか、意外と言うか石川県でただ一人の公認アルパインガイドです。

 田中康典氏の主な登山歴
2003年南アメリカ最高峰アコンカグア登頂(6960m)
2004年ヨーロッパ最高峰エルブールス山登頂(5642m)
 同年オーストラリア最高峰コジウス山登頂
2005年アフリカ最高峰キリマンジェロ山登頂
 この4座登頂者は日本人で9名のみ、(畏れ入りました)

 そして、ついこの前田中康典氏は、北アメリカ最高峰デナリ山登頂を果たしました。マッキンリー山の事です。1975年に州政府がインディアンの「偉大なるモノ」を意とした「デナリ山」に改名していました。植村直巳さんで有名だけど、改名は知らなかった。

 その田中康典氏には、以前からお世話になりっぱなし。私自身が勝手に写真を使用するやら、、(事後承諾を得ているつもり、、)とにかく、ありがたや、、
 田中康典さんとは、前にもブログで書きましたが、「常念岳」「白山」変わったところでは「金沢城の石垣」を登らさせて、いただきました。そうです、「康さん」です。
 アルパインガイド協会は、あの会長の「橋本竜太郎」氏の顔が浮かび、田中康典氏が同類の気難しそうな人と思えてしまうが、どっこい?明るい人です。山になると、流石に頼もしく安心して登れました。

 今回の写真、トンデモナイ所。約一ヶ月間を費やし晴れたのは3日だけだったそうです。マイナス40度の世界。

今後益々のご活躍を期待します。


2006年06月27日

九谷焼作家久手川利之の世界を期待する

久手川利之の1   久手川利之の1   久手川利之の3

 久手川利之は、能美市の九谷焼技術者自立支援工房で活動している。

 久手川利之の略歴は、
 1965年輪島市生まれ、1988年大阪芸術大学工芸学科テキスタイルデザイン卒、1998年石川県九谷焼技術研修所卒業 文吉窯入社、2004年独立・九谷焼技術者自立支援工房にて作陶中。


久手川利之の4   久手川利之の5   久手川利之の6


 久手川利之の魅力は、九谷らしくない色使いにある。色そのもは、顔料が九谷から来ていても、デザインは今までの九谷焼とは異にする。久手川利之が「九谷焼の異端児」と言われる所以である。久手川利之には、カリフォルニアに滞在した期間がある。ゆえに、明るい色彩と形が生まれたのかもしれない。

 久手川利之が伝統九谷を作陶したら、どんな作品が出来るのだろうか。今は、自分の世界・久手川利之の世界にどっぷり浸かっていても、いつか彼自身が、遊び心を持って更に伝統九谷に近づいて、久手川利之なりに表現した時を、私は見てみたい。