2006年07月09日

田中康典はここを踏破したのだ。私らが覗く事ができない世界を、闇と光の世界勿論、白銀の世界は、彼らのために微笑む

この絶景を見よ。人は神の世界を覗く時がある。それも限られた人々だけに マキンレー1

 田中康典氏は、何度も書くが登山家なのである。友人と呼ぶには失礼なのだ。「師匠」でもないが、(弟子と思われていない)「元上司」ではあるが、直属でもない、、、、まあ、そんなことはどうでも良い。
写真を見てください。

   マキンレー2   マキンレー3


   マキンレー4   マキンレー5

 デナリ山の写真が送られて着ました。
田中康典氏の顔も分かります。山男は、いいですね。自分は、マラソンに出たいがために、走っていましたが、ラグビーとか登山・剣道にあこがれていました。今も、あこがれて居ます。田中康典氏は、ある種、自由人です。うらやましい。だから余計に、あこがれます。

 心が疲れた時、自分は何をしたら一番心が安らぐのだろうか?47歳になっても、まだ見出していないのではないか。そのことが、人としてまだ、未完である理由かもしれない。その点、田中康典氏は、自分の世界を以前から持っていたように思う。私の、無鉄砲なくらいの仕事への取り組み方と違って、どこか余裕があったと思う。大学でたての自分に絶対ないものが、在ったし、その差も解かっていた。

 「行動」で何かを伝えてくれることは、「語って」伝えてくれるよりも、心を打つ時がある。経営者のまだ端くれではあるが、自分は「何」を社員に伝えて、どうしようとしているのか、真摯に考える時がある。それで、宗教の本を読む。でも、無宗教なのだ。まだ、悟るには程遠いし、決め付ける自分もいない。

 田中康典氏は、何を見たのだろう。何を感じたのだろう。
 
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