2005年12月19日

12月といえば

マラソン12月といえば、ホノルルマラソンです。1981年に、無謀にも出場し、死ぬ思いをした。「走れメロス」じゃあるまいし、苦しくなれば自己制御装置が働き、足は勝手に止まり水を欲しがるであろう、何とかなるだろうと思っていた。しかし、頑張ってしまうのである。感動的なスタート・ホテル街の全灯点灯による夜景・朝日の中の疾走・心地よく思えたのは、ダイヤモンドヘッド辺りまで。ここからは,暑さによる疲労との戦い。11月に250km走っただけで出場した自分が、アホに思えた。途中2kmは歩き、必死にゴール。3時間17分。地獄は更に続く。ゴールした途端、水とコークのサービス。何を血迷ったか、貧乏学生の哀しい性か、無料のコークを飲むは飲むは、吐き気するほど飲んでしまった。気分が悪くなり、ここで吐いたら、日本男児の沽券にかかわる、真珠湾奇襲を行なった英霊に申し訳がたたない。足を引き攣りホテルの部屋へ。後は便器を抱え吐きまくったら、涙が出てきた。完走の喜びと、吐く苦しさと情けなさで。そして、便器を抱えたまま寝込んだ。2時間ぐらい寝入ったら、元気が出た。ホノルルで知り合った友人のゴールを観に戻った。芝生の上に、人が大勢寝込んでいた。バーベキューをしている強靭な胃袋を持ったランナーもいる。みんな話し掛けてくる。7.500人のランナーはお互いを称えあった。まだ日本人参加者がそんなに多くない頃でした。参加より完走・ついでに限界までを目指す人が多かった頃です。
posted by 社長 at 19:24| Comment(0) | 自分のこと
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