なんだか黒い蝶が似合う日になってしまいました。
FMラジオをかけながら仕事していると、
坂井泉水脳挫傷で死去との報道!
坂井泉水ってあのZARD坂井泉水?
「脳挫傷って脳挫傷ですよね?」の女性社員の言葉に
転落死。。。自殺。。。殴打?
どっちにしても、災いであります。
癌治療の為入院中だったとの報道でまたびっくり。
(40歳にもびっくり)
闘病生活が苦しかったのかな?と、、
しばらくして、松岡大臣自殺報道。
そして、死亡。
うーん。
考えさせられます。
タレントと政治家。
病気と責任。
自分ではどうしようもない病気と、自分のした不正によるもの。
でもどちらも、大変やったろうな、、、の言葉しかありません。
死せる者に、何をいえようか、、
頑張れ!はどの程度励ましになったのか?
死んでも許されない罪って?
何でしょうか?
松岡大臣が死んで
他の閣僚に「どう思われます?」の
質問はやめてもらいたい。
ここは、ひとまず
一人の人間として
「間(ま)」を持ちたい。
「生と死」の意味を考えたい。
この報道は、他人の意見などどうでもいい。伝えるだけにして欲しい。
どうしてこうも、人間は「死」を軽く見るようになってしまったのか?
「自殺」の行為の事ではなく、「見る側の」人間の事、、
生きる事も難しいが、
死ぬ事も難しい。
両方難しいんです。
なのに、どちらかみたいな
考え方が、はびこる。
思想の中に、社会の中に。
癌で生死をさまよって闘って生きている人には「生」は大変な事。
でも一方では、「生きてる事が苦痛と思う人が」居ます。
「死にたい」と思っている人がいます。
「生も死」も同じです。
「表と裏」ではありません。「相反するようで同じものNとS極
人の心は、動きます。揺れ動きます。
自暴自棄だけが、自殺を招くのではないことが、怖い、すごい。
自殺というのも、人間独自の行為かもしれません。
(種の過剰調整で死ぬ生物、とはわけが違う)
自分を救うのは、宗教だと信じる方がいるのも分かりますね。
いろんな宗教があって不思議はない。
それで救われるなら、どうぞ、、、
私の心は、何で救われているのだろうか?
宗教ではないんだけど、
アルコール?仕事?散歩?読書?


