2008年02月15日

荘子の名文、北冥に魚あり、其の名を鯤(こん)と為す

中国名文

『中国名文選』 興膳 宏著  岩波新書

以下この本から。

北冥に魚あり、其の名を鯤(こん)と為す・・・・・

北の果てなる暗い海に魚がいて、その名を鯤(こん)という。鯤(こん)の大きさといったら、いったい何千里あるやらわからない。この鯤(こん)が変身して鳥になると、その名を鵬(ほう)という。その背中は、何千里あるやらわからない。この鳥が勢いよくい羽ばたいて飛び立つと、その翼はさながら大空の果てまで垂れ込めた雲のようだ。この鳥は、海が大きくうねりだすとき、南の果てなる暗い海目指して移りゆこうとする。南の果ての暗い海とは、「天の池」なのだ。

陽炎がゆれ、塵埃が舞うのは、生物が息づいているからだ。天の青々とした色は、天に特有の色なのだろうか。それとも遠く果てしないからなのだろうか。鵬が天の高みから見下ろせば、やはり青々として見えるのだろうか。

また、いったい水は、深くたたえられていなければ、大きな舟を浮かべることは出来ない。杯いっぱいの水を地面のくぼみにこぼしたのでは、せいぜい草の葉の舟を浮かべるのが精いっぱいで杯を置けば、底がついてしまう。水は浅いのに 舟は大きいからだ。風も厚く層を成していなければ、鵬の大きな翼を支えることはできない。だから九万里といえば、その下に厚い風の層があるわけだ。かくて今や鵬は風に乗り、青空を背にして、行く手をさえぎるものも無く、まさに南へと天駆けろうとする。

ヒグラシとコバトがあざ笑っていった。「おれたちは力いっぱいに飛び上がって、楡(にれ)やマユミの木を目指して突き進むが、ときには届かずに地面に落っこちてしまうだよなぁ。なのにあいつはなんで九万里も向こうに飛んでいっちまうんだろう」

近郊の野原に出かける人は、三度の弁当を食べて帰ってくれば、腹はまだ満ち足りている。百里を旅する人は、一晩かけて米を臼づくし、千里旅をする人は、三ヶ月かけて食料を調達する。このヒグラシやコバトなどに何が分かろうか。

小さな知恵にとっておおきな知恵は理解に余るし、短い寿命から長い寿命は計りきれない。なぜそうと分かるのか。朝菌というキノコは朝か夜かの見分けも付かず、夏の蝉は春と秋とを知らずに終わる。これらは命短き生物である。楚の南には冥霊(めいれい)という木があり、五百年を春、五百年を秋としている。大昔には大椿(たいちん)という木があって、八千年を春、八千年を秋としていた。ところが今では彭祖(ほうそ=伝説的な長寿の人)ひとりが長寿で聞こえ、世の人々は彼にあやかろうとするざまだ。まったく情けない、体たらくじゃないか。

以上『荘子の鵬の飛翔』であります。
実に、いいですね!
この著者の解説がまた実にいいのであります。
是非、買ってください。
教養です。訓示に使えます。


私は、横綱大鵬の由来をばあちゃんから聞いて、ついでにこの「荘子」のこの話も小学生の時に聞きました。学校で一部習ったときも、すぐに納得できました。
ばあちゃん世代では、常識だったのだろうか?
(ばあちゃんは才女で有名だったんですけど、たぶん戦前教育では常識なんでしょう)

この本は、忘れ欠けていた漢文を呼び覚まします。

他に、『司馬遷の史記』四面楚歌の項羽の一節などあり。

本来は、漢文のリズム感を楽しむ本でありますが、現代語訳にもはまります。中国は壮大であります。大地も頭の中も。
荘子は、天空からみる青き地球を妄想していたのでしょうか。
posted by 社長 at 21:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 読後の感想
この記事へのコメント
こんにちは。

あら、2008年の記事か・・・。

まあいいや。
昨日、古武道の先生から
この話を聞いて、ネットで検索してきました。

そしたら、市内の方だったので、びっくり。


私には、大きい話は、よく分かりませんが、
新しいことは、楽しいことと思っています。

知るのが楽しい。

ありがとうございます。
Posted by 白ワニ at 2011年01月10日 17:04
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