2007年03月28日

世界フィギアと加護亜依

東京体育館

世界フィギアスケート、東京体育館。
綺麗でした。選手ではなく会場の設営の見事さに感動。
エキスビィジョンの綺麗な事、、

青い海の上を人が、舞っているようでした

特設リンク。
どうやって氷を張るんだろうか?
どこでもリンクに変えられるのだろうか?

そして、安藤美姫・浅田真央の涙にも感動。20歳前の子がプレッシャーに押しつぶされようになっても、乗り越えてきた事に感動。
好いたものが「スケート」、、、安藤美姫・浅田真央

好いたものが「タバコ・男」、、、加護亜依。
もう週刊誌も、追うのをやめたら、、、彼女はもうそんなレベルではないと思う。どんなレベル?夢を売るレベル。

能登の被災者。
『いつ死んでもいいこんな年寄りを、助けてくれてありがとう』
『ナンもせんでも、ご飯あたるんか?すいませんね』

年寄りになったら、こうありたいものです。
posted by 社長 at 18:13| Comment(0) | TrackBack(1) | 徒然

2007年03月25日

これが地震というものですか。能登沖地震わが街震度4

能登沖地震

石川県は自然災害の少ない事で有名。
しかし、今日の地震はよく揺れましたね。
我家の居間、壁は一方だけなので戸がギシギシ煩かった。

これが、東海地震によるものなら一大事、と一瞬思いましたが
震源地がこの辺りなのかと、直ぐに思いなおしました。

NHKを見ると直ぐに、輪島沖と発表され、
能登は大変だろうなと心配になりました。

勿論、太平洋側と違い
積雪に耐えられる家屋になっているから
被害も少ないと思うのだが、、

家族は、特に騒ぐこともなく
揺れてる間も
「どこか火使っていないか?」
「大丈夫」
「まだ揺れとるな?」
「こんなん初めて」

それにしても、
地震予知なんて無理!と確信しました。
でも明日になったら、「地震雲をみた」とか「動物の行動が」などと
記事になって出てくる。

公的機関も、勿論予知できず、、

地震に対しては、予知に金かけるより、地震後の対策活動が迅速に出来るよう整備しとくべきと思う。

今、ガス抜きよろしく、次が弱いか、ずーと後となるならひと安心。
どうなんでしょうか?
posted by 社長 at 16:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然

2007年03月23日

退職知らせのハガキ

退職知らせ

元上司の「退職の挨拶」のハガキが届きました。
退職・転勤の季節ですね。

大学を出て、飛び込んだ会社は年商では業界七位。

ハガキを頂いたI 課長は直属の上司。

組織のピラミッド、S常務・M次長・I 課長ともに中央大学卒。
社学歴というものを知りました。

楽しい時代でした。
企画品の販売では、みんなで日本一の売上げを平然と達成していました。
仕事に自信があった20代。

I 課長は、悲壮感がなく、「何とかなるんだろう?。な?」といった感じで、
私としては「はい、何とかやれる数字でしょう」と。
言うたら、やるしかない。気力と体力だけは人一倍。ついでに愛嬌も。

会社は、金沢のド真ん中。
なんだかんだで、飲み会も多かった。
この会社の宴会は、すごかった。数々の伝説があります。

I 課長、私の結婚披露宴にも出ていただいたのですが
両家の親戚の女性たちが
「男前やね〜」と、、

私なんかより、はるかに大人で、紳士的で押えが利く方でした。
「落ち着きを学ぶ」事が出来れば良かったのですが
こればかりはどうも無理でした。(両親がジッとしていない性格なので)


人は、生かされています。
雨の日も晴れの日も
死ぬ時まで、生かされています。

出会いが在って、別れがあって、
忘れて、思い出して、、、

振り返ったら、「何」が残っていたら
いいのだろうか?
「喜・楽」の思い出?
「哀・難」を越えたこと?


自分も仕事を離れたら、何を感じるのだろうか。

Iさんご苦労様でした。
幸多かれと祈っています。
posted by 社長 at 22:27| Comment(0) | TrackBack(1) | 自分のこと

2007年03月21日

沙羅の木 能美の里山で見る。今日は彼岸

沙羅の木

能美の里山で教えられた「沙羅の木」

そうです、あの「平家物語」
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
     沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす』

朝咲き、夕方散るはかない花を咲かすらしい。
そして双樹になりやすいから、、写真は三つだけど、、、

その沙羅がこれか? 能美の里山にあっていいのか?

残念ですが、インドの沙羅は日本では自生していません。
「夏椿」が代用されています。(各地のお寺で)

これも、「ヒメシャラ:つばき科またはナツツバキ」
葉の裏側にねた毛があり、花糸に毛がなかったらナツツバキです。

百日紅のような幹、、、まだ花がついていない。


私は手塚治虫の『ブッダ』で仏教を学び、
小学館の「漫画聖書全8巻翻訳モノ」でキリスト教を知ったように思ってしまう単純な人間です。
(実は、それが入り口で、類書を読みあさる傾向をも持ちます)

話を戻して、
「沙羅」  今日はお彼岸。
「暑さ寒さも彼岸まで、」
その言葉通り、日差しは暖かいが、風が冷たかった。
彼岸とは、春分・秋分の日の前後三日間で合計一週間。
梵語の波羅、、迷うのが此岸(しがん)で
悟りの境地が彼岸。
しかし、宗教色より農耕民族としての生活色が強いのが日本。
行動開始といったところか。

『竹の芽も 茜さしたる 彼岸かな』 芥川龍之介
『お彼岸に 流転を諭す 沙羅みる』 自作
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2007年03月20日

能美の里山ファン倶楽部

能美の里山ファン倶楽部炭焼

能美の里山ファン倶楽部が間もなく新たに発足します。

能美は、もちろん能美市。
里山は、合併前の辰口町に存在します。金沢から見たら南に見える丘陵地です。

能美の里山ファン倶楽部。その象徴的な施設は、この炭焼小屋です。
モックン(宮竹の中村さん)が心血を注いで作りました。石川県の炭焼窯の第一人者の安田さんの助言もありました。大工さん達のボランティアもありました。

ドエラク立派な炭焼小屋になっちまいました。実はどんどん立派になっていくんで若干ビビていました。俺らの器量を超えていく〜!

私といえば、たまに行き、そのお二方の邪魔をしていました。

能美の里山ファン倶楽部では、炭焼きの講習もあります。
散策も出来ます。
いしかわ里山保全活動リーダー会が散策道を作りました。

能美の里山ファン倶楽部滝

隣には七ッ滝があり、四季それぞれ綺麗です。

能美の里山ファン倶楽部は、只今会員募集中です。
「里山保全」を叫ぶ人は、多いんですが参加する人は少ないです。
たぶん、これからも大変ですが、市民が楽しめる里山にしたいものです。

変に肩書きだけ欲しい方が、参加していたら私が許しません!と言っても私は何も出来ませんが、、、枝で突っつく程度、、、(実に弱い)

能美の里山  能美の里山の青い空

この里山の田や木々の間からの青空。
どうでもいいと言えばそれまで。

でも、このような風景から、日本人は生まれたのです。

そしてこのエリアには、奈良とここしかない先端科学技術大学院大学があります。

私は、ここでしか出来ない「里山活動」がきっとあると思います。
posted by 社長 at 19:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 徒然

2007年03月18日

もし、日本が中国に勝っていたら

もし日本が
『もし、日本が中国に勝っていたら』 趙 無眠著 文春新書

帯の宣伝
『ネット上に発表され、中国人愛国者を激怒させた幻の論文』

『戦争自体が道徳・人道を無視したものであって、何を言っても無駄。日本軍も悪かったが、連合軍もひどかったぞ!ついでに中国の歴史は、大虐殺の歴史でもあり、漢人はドエライ目に会った。日本軍が残したものでもいいものがある。
中国は国土が広い、攻めても無駄。『空間を時間に代える』という蒋介石の言葉通り。
日本のように発展した中国、または中国のように広大な国土を有する日本、はいかが?』
乱暴な要約です。
まあ、なぞなぞ見たいな結論ですが、、

刺激的な一冊です。

私個人は、「漢人か満州人かと言ってる、この著者みたいな知識人が居ることに驚きました。」この本では「中国の民族」という事は、全く書いてないのですが、なぜか著者の言葉を第三者的に見るとそう思えるのは、私だけだろうか。戦争論中心に書いてあるんですが、その裏まで見透かそうとしてしまいます。中国は「侵略の歴史」の上になっているのだから、漢人から見たら、チンギスハンだってモンゴルの侵略者です。けれど中国に入って、王朝を建てたら中国人。そう思い込むのだが、次の王朝が建つとやっぱり侵略者だったと。
日本の侵略を議論すると、そこまで悩むべきことになってしまう。

国土が広い事は、いろんな民族、宗教観を認めることと私は思うのだ、なのに、著者は『清王朝が』とか、民族の侵略にも触れてしまう。一方で、国土の広さを中国の利点にしている。

著者が漢人であることは、間違いないようだ。

日本と中国の間の大東亜戦争の事を、ややもすると日本よりに見てくれているのだが、どこか危ない中国が見えます。

ともかく、読んでみてください。単なる日本との戦争論ではなく、私はエゲツナク深読みして、中国そのモノを考え直しました。
頑張れ、中国。君も大変だ!
酒の場で議論したくなる大人の一冊です。
posted by 社長 at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後の感想

2007年03月16日

一号線を北上せよ

一号線を北上せよ

ベトナム出張中、空港・機内で読んだのは、
『一号線を北上せよ』 沢木耕太郎著 講談社文庫

ホーチミンからハノイまで、幹線道路である一号線をバスで北上したお話。

これも、ベトナム人の「人の良さ」が、随所に表れていました。

それと、通貨単位で沢木旅行達人も「?」する姿が、印象的。

ベトナムビールが「333」で「バーバーバー」と発音することも、この本で知りました。ついでに、「さよなら」が「タム・ビエット」であることも、、
ミニバスで、隣のお兄ちゃんに実験的に「タム・ビエット」と小声で(自信なく)いってみたら、お兄ちゃんも笑顔で「タム・ビエット」と小声で、、、(あんたは、元気良くで良かったのに!)

それにしても、沢木耕太郎が羨ましい。
こんな生き方をしてみたかった。
チョット、学生時代破天荒気味に行動する時があった私を、
嫁は、ミニ沢木というのだが、、
沢木耕太郎と私は、干支が同じです。(それがどうした?)

よし!私もいつの日にか、一号線を北上してやる!
   (嫁、「私は同行せんし、イタリアの一号線だったら。もっと他にいい一号線いっぱいあると思う。日本の一号線も全部走ったことないのに」とほざく)

女は、結婚すると夢が無くなる?

「夢の都市」
沢木耕太郎の「夢の都市」は1930年代のベルリン、昭和十年代の上海、そして1975年の解放前のサイゴン。
確かに、その時代の三都市に魅力を感じます。
けれど、行けない。

では、今のサイゴン(ホーチミン)に魅力が無いかというと、そこかしこに
フランス統治の匂いがし、ちょっと違うアジアを感じます。試しに、画廊に入りましたが、評判通り。西洋人好みの絵画を地元作家が描き、現にフランス人が買っていました。まだまだ、残っているんです。人々のセンスとして、、

この本は、ベトナムブームの昨今にあって、読んでみるに値する一冊です。
べトナムで、この本を読むというのは、「ナンとも言えん贅沢」と自己満足していました。
posted by 社長 at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 読後の感想

2007年03月14日

ベトナムから帰って思ったこと

ホーチミン像

ベトナムから帰って、あれこれ考えました。
先ずは、ベトナムそのもの。

人口8425万人・実質経済成長率7.5〜7.9位
円レート 一万ドンが64円台から77円台の幅

意外と人口も多く、勿論急激に増えています。成長率はBRICsを追いかけています。

そして、これ

中国人のまつり

上の写真
『2007 丁亥年春 華人文化盛會』ナルモノガ、行われていました。TVでも、放送しています。やはり中国との絆が強いようです。北部のハノイは、もっと中国化しているのだろうか?
若者と話をすると日本大好きとのこと。
「日本で仕事して帰ってきたら、お金持ち!」と笑っていいます。「観光客も行儀がいい」

多くの若者が、携帯を持ち歩き、
待ち受け画面を見ると、、、、
若者の携帯

なんだか日本人と変わらない。
月給の1か月分で携帯を買っています。
バイクが交通手段なのに、携帯を持ち歩く。
チョットバランスが悪い。けれど、こと情報産業だけは、広まっているようです。ここが、戦後の日本と違うところ。
これから発展する国々は、こういう事なんだろうと思います。

後から追っかける国は、あるレベルまで急速に発展し追いつくと思います。まるで、「国家セット」なるモノがあるかのように、続々と成長する国が出てきます。

まして、ベトナムのように8400万人の市場を有していれば、、

ミニバス同乗者  ピアスの子

そして何より、ベトナム人は、人が良い!

ミニバスで臨席になった若者は、私がガイドブック片手に話しかけると嬉しそうに語りかけてきます。地図を広げると覗き込んできます。今は、コック見習いだけど、将来店を出したいそうです。人なっこい。

赤ちゃんは、「ピアス」をしていました。
これは、普通のこと?。「普通のこと」だそうです。

ホーチミンの月

なぜか、気のいい人たちが多い。
どの店も、親切でした。バイクの引ったくりも居るらしいが、総じて「いい人」でした。
労働時間も「8時〜20時」までは普通とのこと。ただし「日本人みたいにず〜と一生懸命ではないよ」と笑いながら答えます。

ホーチミン最上階のホテルの屋上でホーチミンの夜風を、体で感じました。
戦争を超えて、「サーこれからだよ!頑張ろうか」といった感じの大地の風です。必死さは感じない柔らかな風。湿気のない気持ちよい風。
「この風、ベトナム人と一緒だよね」と通訳君に言うと
「うれしです」と笑顔で、、、

見上げれば、月。

あのサイゴン市が、ホーチミン市に。
まさか、自分がサイゴンに来るとは思いませんでした。
私の中では共産圏のイメージが強かったけれど、実際はフランス統治下の名残があって、すばらしい都市でした。
きっと、いい観光地になるでしょうし、経済も発展するでしょう。

戦後の日本と似ているとベトナムの方が、誇らしげに言います。
やはり、この国は近い将来一億の市場と勤勉な労働で、日本にとって重要な友好国になると思います。楽しみです。

ベトナム帰り機中
posted by 社長 at 19:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム/上海

2007年03月11日

ベトナム 建物

ホーチミンは旧フランス領。
だから、「へ〜」と感心するようなセンスある建物を目にします。

サイゴン大教会  ホーチミン2  ホーチミンの3

レックスホテル  ホーチミン像  ホーチミン1

一番、フランスを感じたのは、この中央郵便局です。
こりゃすごい文化財です。
戦争で消失しなくてよかった。
ベトナムが、どこか安心できるのは、西洋の片鱗がどこかしらあるからだと思います。
中央郵便局玄関 ホーチミン中央郵便局

夜景も、よかったです。
夜は危ないからと言われても、
歩きます。折角だから見ないと、、
観光客の居ない、最上階はベトナムの風が優しく吹いていました。
ホーチミンを一望すれば、バイクのクラクションは聞こえないが、
街の胎動を感じられます。
ホーチミン夜景1  ホーチミン夜景2  ホーチミン屋上

ホーチミンから少し離れたブンタウに行きました。
ここも、西洋人が多かった。
綺麗な、町並みがそこかしこに。
行きは、水中翼船。帰りはミニバス。どちらも、日本人は私たち(社員のN君)だけ。
「何者?」といった視線をチョット感じますが、いい経験。
水中翼船の喫煙室(外、私にしたら景色を眺める場)では、語りかけられるんですが、意味不明。笑うしかない。そのうち相手にもされず、景色をゆっくり眺められました。
マングローブの森を大学4年の時、西表島で見ましたが、ベトナムでは日本の杉のごとく、「ドンだけでも(すごく多い)あります」

サイゴン川も川幅が広く、興味深かった。
サイゴン川1  サイゴン川2  ブンタウ港
ブンタウ1  ブンタウ2  ?u???^?E3.JPG
posted by 社長 at 11:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム/上海

2007年03月06日

ベトナムで食べた物

ベトナムで4食、いただきました。

通貨レートベトナムの千ドンが7円位なので、ややこしい。
日本の一銭が存在しているような感じ?


ビールといえば、「333・バーバーバー」ということになりました。
8.000ドン(日本円で60円位)
バーバーバー


ホーチミンの天井 生春巻き 鍋の具ホーチミン ホーチミンの鍋 しょうが

ホーチミン市内で、日本人がよく来るという店。

バーバーバー(333)が16.000ドンでした。これで、メニューの相場が分かります。倍値の店と判断できます。

生春巻きが70.000ドン、鍋が190.000ドン

店主は、愛想よく迫りますが会計の時にいなくなります。

これでも、日本人相手の店としては、安いらしい。

どうせ、2度と来ないと思っているんでしょう!

まー、今回は観光客の行くような店はここしか入らないつもりなので
一店舗くらいは、許してあげるワイ!

ホーチミンのクリントン フォー2000 フォー食べ方

2000年に元アメリカ大統領クリントンが、来店したフォーの店。
店名も「フォー2000」です。

本場のフォーを現地でという事で食べました。
モヤシ付きは当然なんですが、、、
青菜と黒味噌・赤味噌付き。味を変えられます。
あげパン付き。
同行のベトナム人フックンは、あげパン嫌い。

フォー一杯が25.000ドン(180円位)
おいしかって?
普通でした。こんなもんでしょう。

ベトナムチャーハン

ベトナムのチャーハン。
絶品でした。これは、上手い。コックを連れて帰りたいくらい。
44.000ドン(四万四千ドン!でも300円位)

グレープフルーツの皮むいたものが140円位。

屋台

屋台、いろいろです。
明らかに中華より日本的。どこか和食っぽいベトナム料理でした。

青菜に激辛あり。
氷も水の出所がわからないから、注意しないと下痢します。
私達は、極力、氷なしで飲みました。
posted by 社長 at 20:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ベトナム/上海

2007年03月04日

ベトナム出張ついでにチョット観光

ベトナム航空

突然ですが、ベトナムへ、、
遊びではございません。仕事です。
勿論、格安チケットにて。
中部国際空港から、例の青色のベトナム航空の777で
AM11:00発です。(なぜか、関空よりかなり安かった)
ベトナム航空機内食  機内の食事

二種からの選択の機内食。「赤み魚の煮付け」と書いてあるのに「うなぎ」
だいぶ違うと思うのだが、、席位置からしても早い方の注文なのだが、、
機内サービスの方は、ほとんどベトナム人。もうチョット日本語をという感じ。年配者の方々は、戸惑っていらっしゃいました。

ベトナムの大地

途中機内から、ベトナムの大地を見ると
すばらしい蛇行であります。ということは、川の流れが緩やかであるということ。ユーラシア大陸の端っこですが、大陸ですよね。

フライト時間は、約五時間半。
着いたのは16:30分。現地時間で14:30分。時差マイナス2時間。
これくらいの時差は、なんとも無いですね。得した気分。体も楽。

タンソンニャト空港前

ホーチミン市タンソンニャット空港前
入国手続き・荷物の受け・税関検閲。
税関検閲で、いい勉強をさせてもらいました。
「パーツ(部品)」ってナンだろう?みたいな禅問答。

そこを抜けるといきなり、外。そして群集。
タクシーの運ちゃんが、とにかく声をかけてきます。
ちなみに「ベトナム語」
私には、さっぱり分かりません。

で、現地ガイド。看板もって立っていました。私の名前をローマ字表記して。ついでに花を看板にはっ付けて。

隣の喫茶店でペプシを飲んでから、タクシーで商談すべき会社へ。

車内から、冷静に町を見渡せば
天気良し。気温32度。湿気なし。人がよさそう。街綺麗。
「ええとこヤン!」(いいところの意味・ベトナム語ではありません。私が発した言葉)

ホーチミン市内のバイク ホーチミンの交通 ホーチミンのバイク
ホーチミン市の街中は、このような状況です。
バイクの川です。信号機のない交差点が多いのに、なぜか上手く流れます。
「止まるとダメ」一定スピードで、抜けてゆくことが大切です。
翌日、市内最大級の交差点を歩行者として横断しましたが、「止まるとぶつかるかも、、」というのが、よく分かりました。

クラクションがすごい。
鳴りっぱなし。合図なのであろうか。いがみ合うようでも無いので、たぶん合図。私はここにいる!みたいな、、

ガソリンスタンド

ガソリンスタンドも、バイクのためにあるような感じです。
ちなみに、
日本製は20万円位で、他は5万円位からあるそうです。(月給は1万円位)
ホンダが一番!というのがホーチミンの常識。
偉いぞホンダ!。

海外旅行先で見る日本企業の商業看板や日本製の車・バイクは、年配の旅行者に安心感を与えるのでは、ないでしょうか。


私達(社員のN君と私)は、ツアー客ではない。
仕事・しごと・シゴト。

次回に続く。
posted by 社長 at 11:08| Comment(0) | TrackBack(3) | ベトナム/上海